2015年6月22日月曜日

新型光ストレージへの妄想  その5 (低域変換クロマ)

前回は、1インチVTRでは、カラー信号を再生するために、TBC(Time Base Collector)が必須だったというハナシでした.カラー信号はPM変調されているので、ドラムの回転ムラですぐにダメになってしまうのがその理由です.

ところが、VHSやベータや8mmビデオにはTBCがありません.1インチVTRですらTBCが必須だったのに、はるかに簡便なはずのコンスーマVTRでどうしてTBCを省略できたのでしょうか?

その答えは、「低域変換クロマ」という技術でした.クロマとはカラーの別称です.

↓「低域変換クロマ」を説明する前に、ビデオ信号の白黒とカラーの周波数帯域を復習しますと、白黒信号はDC~5MHzぐらいまで分布していて、カラー信号は3.58MHzを中心として2.5~4.5MHzぐらいに分布しています.
↓このカラー信号(クロマ信号)は、PM変調(位相変調)されているので、少しの時間ノイズでもダメになっちゃいます.つまりドラムの回転ムラにとても弱いです.回転ムラを補正するためにTBCが必要でした.
↓ところが何処かの賢い人が、中心周波数を3.58MHzじゃなくて600kHzに変換してやれば、3.58MHz ÷ 600kHz = 6倍だから、回転ムラに6倍強くなるだろうと考えました.実際に6倍周期のサイン波を描いたのがこの図です.位相角あたりの時間長は長くなり、ドラムの回転ムラに強くなりました.
これを「低域変換クロマ」と呼び、VHSなどの廉価なVTRを実現するキーテクノロジでした.
つまりこういう割り切りです.
周波数が高いからPM変復調がうまく働かないのだから周波数を下げればいい

↓「低域変換クロマ」に欠点はないのでしょうか? 欠点はあります.
元のカラー信号は帯域幅が2MHzぐらいありました.ところが低域変換するときに1MHzぐらいに帯域制限しちゃいますから、色が滲みます.アニメだとトレス線から色がはみ出して見苦しくなります.
↓そんなこんなで、FM変調した白黒信号と、低域変換したカラー信号を足し合わせて、ビデオテープに記録したのが、VHSやベータや8mmビデオでした.このような周波数帯域での棲み分けになっています.
↓FM変調した白黒信号と、低域変換したカラー信号は、連載4回目で説明した純粋アナログ記録と同じ関係にあります.アナログVTRは、白黒信号についてはFM記録であり、カラー信号については純粋アナログ記録であるという、両方の性質を併せ持った巧妙な磁気記録装置だったのです.
低域変換クロマの話をしたのですから、アジマスベタ記録とPI処理について触れずには居られません.

↓まずは、ガードバンド記録という、隣り合ったトラック同士に隙間を設ける記録方法です.隙間の分だけテープを浪費するのが欠点です.
 ↓ベータマックスで実用化されたのが、アジマスベタ記録です.隣り合ったトラック同士のアジマス角を変えることによって、クロストークを防止するテクニックです.テープの浪費を防げます.
2014年のHDDで実用化された「瓦記録」というのがありまして、ベタ記録に似ていて懐かしかったです.アジマスはやってなかったようですが.

ところがアジマスベタ記録には致命的な欠点がありました.周波数が低い「低域変換クロマ」にはアジマス効果が効かないんです.せっかく低域変換してドラム回転ムラから逃れられたと思ったのに、またしても難題が立ち塞がりました.
↓それを解決したのがPhase Invert処理(PI処理)というテクニックでした.この図のNは、N番目の走査線の意味です.
記録するときに、奇数番目のトラックの、奇数番目の走査線のクロマ信号を反転して記録します.上図の赤字のところが反転記録されています.
青いバーが再生ヘッドの位置だとします.再生ヘッドは矢印方向へ走ります.
再生される信号は次式で表せます.オントラック信号をS(n)、クロストークをC(n)、nを走査線番号としています.
再生信号(N) = S(N)  - C(N+1) -C(N-1)
1H遅延線を使って得た、1走査線古い再生信号は、
再生信号(N-1) = S(N-1)  + C(N) +C(N-2)
この2つを加算します.その時、隣り合った走査線のクロストークはほぼ同じなので、記録時に与えた±符号の違いで打ち消し合って、
再生信号(N) + 再生信号(N-1) = S(N) + S(N-1)
のように計算され、クロストークをキャンセルできます.
2本の走査線を加算してしまうため、カラー信号の垂直分解能は半減してしまいますが、クロストークをキャンセルできるメリットが勝ります.

このPI処理を少し変更して、VHSではPS処理というのを採用しました.原理は同じです.

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以上では、NTSCのカラー信号がPM変調であるがゆえに、アナログVTRを実用化するための様々な艱難辛苦があった、という歴史を延々と書きました.

PM変調ってのはなんて厄介なんだ!と思ったかもしれませんが、地デジのようなデジタル通信ではPM変調が花盛りなんです.

次回はその辺のところを書こうと思います.

その4   その6

かしこ


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4 件のコメント:

  1. VHSの仕組みは習いました、しかしなぜかベータ(習ってません)の評判が良かった。

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    1. ベータはそうですねぇ.ベータの白黒信号のFM変調の周波数が少し高かったので、いろいろと良いコトがあったようです.

      まぁベータとVHSの差違といっても、山手線で新宿から秋葉原まで行くのに品川回りで行くか、池袋回りで行くか、ぐらいの差違だったのかもしれません.VHSはベータの真似だったくせに、どうして劣化コピーなんだ?という技術マニアの気持ちは判るんですけどね(笑).

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  2. 師匠がベータやってたとき、VHSが先に音声ステレオ出してきて慌てたと聞いたことがある。

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    1. まーさんの師匠ですか、、、それは誰でしょう???
      音声ステレオというとアナログオーディオの方ですよね?

      VHSの深層記録HiFiオーディオというのはずいぶんと無茶な記録方法だったと思います.だって、深層記録を消さないように白黒FMの記録電流を強くしすぎないようにするとかやってましたからねぇ.でもヘッドが摩耗してデプスが浅くなるとどんどんFMが強くなって深層を消してしまうという、微妙すぎる記録でした.二度とやりたくない深層HiFiでした.

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