2014年4月2日水曜日

大阪旅行のご報告 (ど長文)

3月30日~4月1日まで大阪へ旅行しました.帰ってきたら「笑っていいとも」が終わっているわ、消費税が8%になっているわで何かがおかしい.まるでセカイが改変されてしまうアニメのようです.

では順を追って多数の写真で大阪の旅を振り返ってみることにします.子供の電車見学につきあうのが目的なので電車ばっかりです.おかげで大阪の電車には詳しくなりましたが、今年50歳になろうかという大人のする旅とは思えません.もっと大人の旅をしたいもんです.

↓新幹線で着いた新大阪は少し雨が残っていました.大阪環状線に乗って我々が向かったのは、まもなく52年の歴史にピリオドを打つ「交通科学博物館」. 万世橋の交通博物館と同じ運命を辿るようです.すなわち、電車だけでなく自動車と航空機も展示している現状の博物館を閉じて、別の場所にリニューアルオープンする博物館は電車の展示に特化するという構図.あと1weekぐらいで閉館なので、鬼のように混雑していました.
↓鉄道ヲタクには申し訳ないのですが、この旧式のトラックのようなフォルムの特急列車のことがわたしはすごく嫌いなのです.この中にはエンジンが入っているのでしょうか? 嫌なデザインですこと.
↓幼少時の思い出が濃いスバル360.叔父が長い間乗っていました.自分が子供時代だったので窮屈だとは思いませんでしたが、エンジンを高回転までブン回してギアチェンジを何度もやってようやく走っている、乗り心地の悪さは相当なものでした.伊勢原の日向薬師近くの非舗装路を走行した時は壊れるんじゃないかとおもったくらいです.わたしはスバル360でクルマの厳しさを学びました.
↓「交通科学博物館」があるのは大阪環状線の弁天町でした.弁天町駅は大阪環状線の左側のロケーションです.
↓弁天町から地下鉄千代田線、じゃなかった地下鉄中央線に乗り、御堂筋線に乗り換えて梅田へと進出しました.
↓梅田の歓楽街は北(キタ)と言われるだけあって、環状線の12時の位置にあります.
↓阪急梅田駅を見学.この駅はホームが平面的に9つも並んでいて阪急の小豆色の車両がひっきりなしに出入りしている様は壮観な眺めでした.阪急の小豆色って艶があって好きなんです.
↓阪急電車で向かったのは「十三」と書いて「じゅうそう」と読むところ.駅周辺の雰囲気は東京で言えば新小岩みたいな感じです.
↓反対側の駅出口は飲み屋横町が火事で丸焼けになって放置状態です.横町の復活のために署名運動をやってました.こういうゴチャッとしたエリアは楽しいのですが火災には弱いので防火は大切ですね.
↓十三駅構内のそば屋は「阪急そば」.駅構内でそば屋を開業したのは阪急電車が日本初だったとのことで、由緒あるそば屋なのでしょう.食べても良かったけれど、この後でお好み焼きを食べる予定だったので、お腹が一杯になってしまうからそばは食しませんでした.
↓同じく十三駅構内で期間限定の日本酒販売がありました.駅で日本酒とは珍しいですね.日本盛の絞りたて生酒です.サクッと購入.とても美味しかったです.生酒のため1weekで飲み終えるように書かれていました.
↓十三を後にした我々は再び梅田へと戻りまして、Aクンと合流し、有名なお好み焼き「ゆかり 曾根崎本店」へ入店.お好み焼き美味しかったです.ちなみに、この写真の左端のAクンは、当ブログ心霊体験シリーズエピソード11の主人公のAクンでもあります.霊障で殺されることなく大阪で棲息してらっしゃいます.「ゆかり」の場所は地図の●のあたりです.
↓「ゆかり」でお腹が一杯になった我々は、近所の曾根崎神社へお参りに.夜桜も見れました.曾根崎神社は浄瑠璃の曽根崎心中の舞台なのだそうで、それゆえに恋人の聖地と銘打っているようです.御利益があるといいですね.
↓翌31日はピーカンな天気に恵まれ、爽やかな行楽日和でした.これは淀屋橋のホテルの近所にあるたぶん大阪市役所.先日選挙に勝った橋下さんはここで働いてるのでしょうな.
↓淀屋橋というところは東京でいえば丸の内のような、銀行の本店があるようなビジネス街でした.なので遊ぶところではありませんでした.歩けば梅田に行けるので便利でした.
↓歩いて梅田駅へと向かう途中「北新地」という地名を見つけ、ここがやしきたかじんさんが夜な夜な遊んでいたキタのことですかーと、朝の北新地を見学しました.綺麗なお姉さんがいるお店がスゲーたくさんありました.
←たぶん北新地はこのへん
↓梅田へ向かった我々はJR大阪駅へ入場し、AM11時頃に出発する寝台列車「トワイライトエクスプレス」を見学.この寝台列車は大阪からサッポロまで22時間かけて走る長距離路線だそうです.
↓なぜか、何も無いと言われる桜島駅へ向かいました.USJの隣駅です.UNIVERSAL STUDIOS列車が停車していました.
↓USJと桜島は淀川沿いの平坦な土地の先端部にあります.津波がくると水没するところです.
↓桜島駅周辺には何もありません.バスやタクシーのロータリーすらナッシング.さっぱりしすぎだろ、桜島.
↓桜島駅からJRで西九条へ移動.そこには阪神電車の西九条駅があり、阪神電車へ乗ります.
↓西九条から乗った阪神電車には特別な感想はありませんでした.
↓阪神なんば線で着いたのは阪神難波駅.近鉄の名古屋行きの見慣れぬ特急が停車してました.
↓昨日はキタ方面で過ごしたので今日はミナミってことで道頓堀へ.たこ焼きとうどんを食べて道頓堀の末端までやって来て撮った写真がこれ.ここまで来ると道頓堀商店街は空いてます.道頓堀は中国人観光客がすごい多かったです.
↓道頓堀末端部から通天閣方面へと向かう我々が次に寄ったのが黒門市場.串揚げを食べつつ市場を散策.市場は楽しい.
↓やがて日本橋の電気街へ.15年以上ぶりで訪れました.なぜかここでリュック¥1029を買ってスルッと通過.
↓日本橋を抜けて通天閣の見える恵美須町へ.15年ぶりの通天閣は人が少なく感じました.
↓通天閣の麓に何件もある串揚げ屋で、初の串揚げを食べました.とても旨かったっす.
←二度漬け禁止
↓地下鉄恵美須町駅の近所で見かけたのが阪堺線.まるで世田谷線みたい.
↓感心したのは朽ち果て感マキシマムな駅事務所です.これはいい味だ.
↓阪堺線には乗らずに、地下鉄で隣駅の動物園前駅へ移動.壁のタイルは動物シリーズでした.
↓地下鉄で天王寺駅へ移動.天王寺駅は梅田と並ぶ大阪のターミナル駅であるようです.そしてそこには最近グランドオープンした阿倍野ハルカスがあります.阿倍野ハルカスの展望台には登れませんでした.エレベーターのチケットが売り切れでした.
↓「アベノ橋魔法☆商店街」というアニメがあります.このアニメは地上げのハナシなんですよね.阿倍野というだけあって安倍晴明ゆかりの地だったりせんかのぅと思うんですが、地上げで街が荒廃してゆくと怪異が起きるというストーリーだったと記憶しています.それで現実の阿倍野はまさしく地上げされ再開発されまくった成れの果ての街でした.アニメの設定は伊達じゃないわってことでした.再開発されたあげく廃れちゃったりすることのありませぬように.  >  阿倍野殿
←再開発中
↓JR天王寺駅から山の手線みたいな車両でJR難波駅へ.再び道頓堀へ向かいます.
↓霊障のAクンが予約してくれた「かに道楽本店」へ入りまして、浴びるほどカニを食いまくりました.旨かった.
↓カニで腹一杯になったらすっかり夜になっていて、有名なグリコの電飾を見学.道頓堀に飛び込む人はいませんでした.
↓4月1日の朝ご飯は、淀屋橋のSUBWAY.わたしはいつもSUBWAYではツナを頼むのですが、久しぶりにSUBWAYに行ったらツナが消えてました.ツナの価格高騰のせいでしょうか? ショックを隠しきれません.
↓淀屋橋から地下鉄御堂筋線で新大阪へ.大阪の地下鉄の車両って、幅が広いことに気づきます.幅狭の大江戸線と比べると大阪市営地下鉄は1.5倍ぐらいあるんじゃなかろうか? 広くて乗りやすい電車です.
↓新大阪で見学したのは新幹線500系.新大阪~博多間の各駅停車としてまだ運行されているのだそうです.航空機みたいな車両だ.
↓新大阪で昼ご飯に串揚げを食しました.通天閣の串揚げの方が旨かった.
↓再びJR大阪駅へ.大阪駅の駅舎はものすごく巨大です.鉄骨造のトラス構造が見えます.耐震診断の目でジーッと観察してしまいますが、こんな複雑な物件の調査をしたら精神衰弱して発狂するのは確実でしょう.
↓ここから、大阪の旅はにわかに微妙になってゆきます.大阪環状線に103系車両という古い車両が走っていました.昭和60年頃に山の手線を走っていた車両かもしれない.
↓大阪環状線の行き先は特に意味もなく「鶴橋」.ホームの雰囲気は総武線秋葉原駅を思い出します.
↓鶴橋駅前はフツーなのですが、隣にある鶴橋商店街へ入っていったらそこは果てしなく広がる亜空間なのでした.
↓これが鶴橋商店街の中の状況.古いアーケード状の市場なんです.この写真を見る限りでは、築地の場外市場と似た光景と思われますが、問題はその規模というか総延長なのです.アーケードの屋根は開閉式らしい....
↓第一次平坂大阪探検隊の調査によると、この市場の範囲はこうなっているように思われます.市場が面状に広がっており、その総延長は視覚的に2kmぐらいあるのではないでしょうか? 小さな店がひしめきあった2kmですからその規模は半端ないです.韓国系の店が多く、ここ鶴橋は日本最大のコリアンタウンだそうです.いや~すごい所を観光してしまいました.
↓鶴橋で感銘を受けた第一次平坂大阪調査隊ご一行は、近鉄鶴橋駅から再び難波駅へ舞い戻りました.これは近鉄の車両です.近鉄の車両は地味かなぁ.
↓大阪の電車というと、忘れちゃいけないのが南海電鉄でありましょう.そこで我々は、南海難波駅~南海堺駅まで乗ってみることにしました.ところがこの南海難波駅は車椅子乗客にはイマイチな駅でした.難波に集中する各社の駅の中で南海電鉄はやや離れたロケーションであり、しかも階段やエスカレータで遮られる場面が多く、アプローチに苦労しました.ちなみにこの2F中央改札口にはホームへ出るエレベータがありません.迂回して3Fの改札を通るしかありません.エレベータ表示の少なさなど、障害者への優しくなさは大阪随一の路線と認定いたしました.あしからず  >  南海殿
↓これが南海電車.グレーです.横浜~海老名を走る相鉄並みの地味な色合いの車両といえるでしょう.
↓南海堺駅に着きましたが、ロータリーがあって、マンションがありまして、それだけでした.
↓そろそろ新幹線で帰宅する時刻が近づいてきた我々は、大阪環状線に乗り換えるため南海新今宮駅へ行きました.
へんな顔のラピートに会いました
↓新今宮では、南海からJRへ乗り換えるために一旦外へ出ましたら、なにか周囲の様子が淀んでいます.数名のホームレス風の人が目に入ります.焦げたダンボールが歩道に散乱しています.ホテルの看板には一泊¥1000と書かれています.目の前に建物には「あいりん労働公共職業安定所」と書かれています.うひ~、南海新今宮駅ってあいりん地区に出るんですね.電動車椅子に乗った子供と、オッサンの二人組があいりん地区を歩く姿は独特の光景だったと思われます.(この時奥さんは居ませんでした)
↓あいりん職安前からは昨日の阿倍野ハルカスが遠目に見えました.落差とか格差の表現型ってやつでしょうか?
無事にJR新今宮駅にたどり着いた我々は、新大阪発18:00の新幹線で帰途についたのでした.

お好み焼き、美味しゅうございました.
たこ焼き、美味しゅうございました.
串揚げ、美味しゅうございました.
カニ、美味しゅうございました.
お酒、美味しゅうございました.
酒饅頭、美味しゅうございました.

かくして、大阪旅行は無事終わりましたとさ、めでたしめでたし.

かしこ


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9 件のコメント:

  1. ソニーOB:佐藤2014年4月2日 23:48

    色々楽しめて良かったですね。
    私も昔のトラックのような電車は好きではなかったです。大分で走っていた「みどり(新大阪ー大分)」や「にちりん(博多ー大分、宮崎)」がこのタイプでした。前がボンネット式で後ろがぺちゃんこの電車もありました。色合いがまた好きでは無くて、寝台電車のような青色が好きでした。
    20数年前に大阪に行った時に親戚のおばさんとその娘が大阪見物でアテンドしてくれました。「今度はどこ行きたい」といって連れて行ってくれるのですが、「通天閣行きたい」というと「今度1人で行ってきな」とかわされました。下品だし治安が悪いので行きたくないというのが理由だったようです。
    あと、道頓堀の食い倒れ人形のレストランに入りましたが、普通のファミレスみたいで興ざめでしたね。それから水上バスに乗りました。当時高いビルのツインタワー(パナソニック)に昇って大阪城を上から眺めました。

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    1. 通天閣って子供連れが敬遠するほどガラ悪なんですか、そんなでもないと思ったんですがねえ.なにせ私たちが行ったのは鶴橋+あいりん地区ですから、通天閣がガラ悪とか言えないです.
      道頓堀のあの店はcloseしたみたいで、無かった気がする.

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    2. 特急のあの色をわたしは肌色だと信じています.どうして肌色なんだろ?嫌だ.
      神奈川県の神奈中バスも似た色使いで嫌な気分です.

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  2. 大阪旅行お疲れさまです。
    ボネットの電車はクハ151ですね。あのボンネットの中には発電機と空気圧縮機が入っています。発電機は直流から交流に変換しています。空気圧縮機はブレーキや扉の制御に使っています。特急をより快適にするため、うるさいものはボンネットに入れたんですね。

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    1. あの鼻の部分にはうるさい物を閉じ込めてあったんですか.整備し易かったのかなと心配してみる.

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  3. 鶴橋商店街を出た先にある和菓子屋で、ナマコ状に半楕円断面に伸ばした餅を大阪では「猫餅」ということを学びました。店のオジさんは猫の姿に似ているから、と解説してくれましたが、後で調べてみたら、諸説あるようでした。

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    1. 猫餅美味そうです.関東で「すあま」と呼ばれる餅菓子が好物というわたしには猫餅はありだと思われます.でも形状はナマコですね.

      韓国屋さんでのチヂミの売り方が印象的でした.様々なフレーバーの焼いたチヂミがペタペタと陳列してあって、それを買って帰るみたいでした.チンして食べるのかしら??

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  4. 猫餅はお菓子ではなく、普通の餅です。ただの餅や豆餅などを、ナマコ型に成形しているもので、「なまこ餅」として一般的な形ではあるのですが、「猫餅」という名前で売っていたので、オジさんに話を訊いてみたのでした。

    大阪の環状線ってのは東京の山手線と違って、駅のそばがすぐに住宅街だったりしますが、その和菓子屋(綺麗なものではなく、古い家です)も、鶴橋商店街を抜けてすぐの住宅街にありました。

    南海電車は高野山まで行ったことがあります。
    ひとつ手前の極楽橋が通常の電車の終点で、そのままケーブルカーに乗り継ぎ、終点の高野山駅となります。

    山の上は、ほとんどすべてが寺関係の建物で、一般商店やら病院やら、すべて寺関係者のためのもの、という、不思議なところでした。

    大阪新世界の丸徳というホルモン屋は朝7時からやっていて、夜行バスで大阪に行くと、まず最初に行く店でした。小岩の銚子屋も朝7時から飲める店でしたが、今でもやっているのだろうか…。小岩といえば、上記、十三のくだりで「新小岩みたい」と書かれているのが意外でした。平坂さんと新小岩はどういう関係なのでしょうか?

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    1. 高野山はgooglemapで見るだにすごい所ですね.薙刀で武装した僧兵の残存部隊が1万人ほどいると思われます.次回は行ってみたく思いますが、あまりにも遠いようで.(奈良県じゃないんだ!)
      ところで新小岩とどのような縁があるのかというと、かつて都立大学の寮が新小岩にあってマン研の同期の2人がそこに住んでいた説と、リフォームを手伝った人が新小岩駅から川の方へ行ったところに済んでいる説と、2つあります.

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