2011年10月31日月曜日

IKEAのワードローブの組み立てに約3時間ってこれはあり?

我が家のリビングはIKEAのショールームかっつうくらいIKEAの家具が多い.

なんでIKEAが多いかというと安価だから.べつにIKEAの家具の品質が高いからではありません.だってちゃちいもん.組み立てた直後ですら体重をかけるとギシギシと音を立てたりする.ダイニング椅子は継ぎ目が外れてガクガクになったので自分でボンドで接着したし.

IKEAの家具の値段が安いのは、ビジネスモデルのおかげです.部材を中国で大量生産し、船便で輸送して、各国の倉庫に積んでしまえばIKEAのサプライチェーンは完結ですから、家具って組み立てしちゃうと体積が10倍以上になるので輸送費がかさむが、それが少なくて済むし、組み立て費用がゼロっていうのは、コストダウンに大きく貢献するはずです.だから、あの安さを見ても当然でしょとしか思わないと.

先日、妹から電話があり、IKEAのワードローブを買ったが自分で組めないので組み立てに来いというリクエストをいただいた.-----だったらIKEAで買っちゃいけない人なんだよあんたは

買ってしまったものは仕方ない.

そんなのご主人に組み立ててもらえばいいじゃんといいたかったが、こないだ離婚しちゃったのでそれも無理.

離婚しちゃったものは仕方ない.

というわけで、工具一式持って組み立てに行きました.

件のワードローブはこの写真が近いけど、ジャストこの写真ではなく、高さ220cm 幅150cmぐらいとかなり大きなワードローブでした.中に引き出しをつけたり、吊り金具を取り付けたりとオプション品をたくさん買ってありました.

結果的に、手際よく組み立てるには下記の工具が必要でした.とくにインパクトドライバーがない場合は、素手でドライバを廻して右腕の筋肉に乳酸が溜まって腕がダラーリとなってしまい、中ジョッキすら持ち上げられなくなってしまう悲惨な結末がお待ちです.

インパクトドライバー
これなしで作業する気になりません.蝶番の太いネジを締めるところがキツイです.

電動ドリル+ドリル刃5mm
この商品の組み立てにはドリルは”必須”です.取っ手の取付穴を開けるのに必須です.普通の家庭ではドリルなんか持ってないはずなので一般人はどう対処するんだろ?? 皆さん”お兄ちゃん”に頼っているのだろうか?

ドライバー
締め付け金具の取付と、蝶番の調整に必要です.

指金+鉛筆
取っ手を美しく取り付けるにはほしいところ.当日は無かったので雑誌で直角を出しました.

カナヅチ+木槌
カナヅチは、背面の板を打ち付けるために釘を30本ぐらい打ちますので必須.ひ~.
木槌は、蝶番や引き出しのガイドを嵌める時に欲しかった.

メジャー
あまりにワードローブが大きすぎて、寝かした状態から立てる段になって天井につかえてしまい立てられなくなり、天井高を測るために使いました.

説明書を読みながら組み立てているので時間がかかるってことはあったにせよ、
 -筐体を組み終えて立てるまでで1.5時間強
 -内部のオプション品を取り付けるのにさらに1.5時間弱
このワードローブの組み立てはいままでのIKEA製品の中で最も大変でした.

こんなものを工作素人に売っていいのか? 難しすぎると思うぞ.よく客からブーイングが来ないなぁ.

ちなみに、配達と同時の組み立てサービスは20%追加でやってくれるらしい.
運送料+組み立てサービス料を追加すると、IKEAの安さは帳消しになってしまうと思われ.

たははっ.

2011年10月30日日曜日

失業した理由シリーズ021 完結、これからどうしようか?

本シリーズはこれにて完結.

今自分が20歳ぐらいで、どんな仕事をしようかと考えたら、電機メーカーには就職しないと思う.国際的な格差で金を稼ぐ仕事、具体的には貿易なんかおもしろい気がする.転勤も海外も嫌いなわたしだが、そうも言ってられないだろう.--------そもそも仕事による自己実現という考え方は高度成長時代の古びた思想なんで、それに縛られていること自体が問題だとはわかっているのだが、私も古い人間だよねー.

その古びた思想の典型を感ずるのがTOYOTA マークXのこのCM、いまどきこれはないだろと思うんだ.24時間闘う上司のことを慕う美人社員の視線で描かれたCMだ.これを日本人が共通して信じた時代は終わっただろ.あぁ恥ずかしい.

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さて、今46歳の自分はこれからどうしようか?

住宅リフォーム職業訓練に4月~9月まで通ったのは、転勤リスクのある大企業とは打って変わって建設業は地域限定的職業だから転勤リスクがなくていいかなぁと思ったからだ.でも夏の暑さには耐えられないので建設業への就職はやめた.長袖の作業着で気温37度で作業ってのはわたしには絶対に無理.周囲の人よりも季節が2ヶ月ぐらいずれてるくらいの暑がりなので.

諸事情としては、
奥さんがフリーの司会業をやっているので仕事を増やせば収入は増える.
住宅ローンは完済した.
家を一軒貸しているので賃貸収入がすこしある.
子供の介助のため、昔のような多忙を極める働き方はできない.
必ずしも収入が多い必要はない.

なので、近隣の電気設計屋に雇ってもらおうか.特定派遣業もいいかな.いやアルバイトでもいいかなどと考えたりする.電気工事士試験は受験するつもりだ.

こういうとき、家業がある人はいいよね.うちの親父は公務員だったので家業はないんだ.知人の親戚が地方で3~4件のコンビニを親族で経営しているそうだ.親戚一同働ける者は全員でコンビニのレジに立っているので、拡大家族だけども昼間の家はもぬけの殻.おじいちゃんも店の掃除で働いている.4人で働いて世帯収入1000万円というと一人当たり収入は250万円と低収入の部類に入るけど、親族経営なのでリストラや転勤リスクなしってわけで、これでいいんじゃね?と思うね.

奥さんが不安心理の強い人だと、ソニーを辞めるといった時点で拒絶されるところだったろうし、仮に辞められたとしても早く働いてよぅとか怒られそうだけど、うちの奥さんはそういうところがちゃらんぽらんなので、こうして失業していられる.このファクターは大きい.おかげで考えたり、このブログで熱かった頃の自分を思い出したりできている.

こんなところで、この失業した理由シリーズは、何のオチもなく、失業状態のままおしまい.

読んでいただいてありがとうございました.

--おしまい--      でもつぎへ          前へ

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2011年10月29日土曜日

失業した理由シリーズ020 辞める潮時と思った理由

ヘリカルスキャンに殉教する必要もないのではないか? ヘリカルスキャンの開発がなくなったとしても、商品は他にもいろいろあるからだ.

ヘリカルスキャンが終わってしまったのは退職した理由の一つではあるが、”潮時”と思う他の理由がいくつもあったのである.

●コア技術がメカトロからプロセスやソフトウエアへ移ってしまった現在、メカトロに匹敵する興奮をIT技術で得られる気はしないし、ソフト技術者としての自分は無能だ.私はウィンウィン動いたり絵が出たりするものに興奮するのだ.

●かつて、植木等が「サリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」と歌っていたように、サラリーマンはおいしい稼業だったと思う.1980年代に10歳台を過ごした自分が進路を決めるにあたり、サラリーマンというロールプレイに将来像を設定して、人生に投資するのはあきらかにおいしく思われた.とりわけエンジニアは自分の得意分野だし、転勤したくないので製造業の設計者は比較的有利なポジションといえた.

だが、1990年代2000年代を通して、サラリーマンはハイリスクなくせに旨味のない商売に劣化してしまったように思われる.会社はいつつぶれるか判らない.退職金がもらえるかわからない.社内はどんどん世知辛くなってわがままが通らなくなる.海外勤務がなくなる.留学制度がなくなる.住宅補助がなくなる.転勤が多くなる.転勤した先の仕事はつまらない.世界一の成果を出せる仕事でなくなる.

天国の植木等は「サラリーマンは人生投資価値のない稼業ときたもんだ」と歌っているにちがいない.

わたしのわがまま勤労ポリシーが通用するのは業界全体が好景気で求人インフレしている時にしか通用しないわがままである.

経済崩壊でも起きない限り円安には戻らず、したがって輸出製造業の業績回復が望めないことがわかっている.

子供が障害者なので、転勤のリスクを完全に排除する必要に迫られている.

●ソニーに所属して、「設計だ設計だ」とわがままを言いつつ定年まで東京圏に勤務できる可能性は小さくなった.本シリーズ014で「青天井」「ヘリカルスキャン」「高い給料」「勤務地」を併せ持つソニーに漂着できてよかったと書いたが、これらのうち「青天井」以外が剥落すると予想された.

●私は2度転職しているので退職金をちびっとしかもらえないが、早期退職制度があっていまなら退職金が少々割り増しされる.

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わがまま勤労ポリシーが外部要因のせいで消滅するのだから、転勤リスクのある大企業には見切りをつけて、転勤リスクのない企業か業種に転進することに、もはやためらいはない.

高度成長的サラリーマンの性根に染みこんでいる「上を狙い、上に居続けよう」とする行動様式もやめちゃおう.(投資効率が悪いからだ)

そう考え、そうした.

--続く--       つぎへ         前へ

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2011年10月28日金曜日

失業した理由シリーズ019 技術者は知らない管理屋というお仕事

本シリーズ017で管理屋は企業の心臓だと書いたら、管理屋ってなにやってるのという質問を頂戴したので、ひとつ記事にしとこう.

石田三成みたいなもんだと思う.

●次年度の予算策定のとき
金を差配するのが真の権力者だと考えると、事業部長って実はそんなに権限はないのである.一年間、何名の部下を抱えるか、金を何に遣うか、利益をどれだけ出すか、について本部長にご承認していただかないと何もできないのが事業部長だ.つまり事業部長は、承認していただいた金を執行する権限しかない.(予定よりも儲かった時に、予定をオーバーした分を使い切ってしまうということなら事業部長でもやれる!!)

で、管理屋であるが、事業部長の上位者である本部長付の管理屋もいるし、事業部長付の管理屋もいる.

本部長付の管理屋は、事業部長が持ってくる事業計画の妥当性を審査する株主とか投資家とかアナリストみたいな役割だ.だから、本部長付の管理屋がOKしてくれなくちゃ事業部長は来年度の予算をもらえない.

事業部長付の管理屋は、事業計画を作るときに、いろいろなシミュレーションをする.来期いくらで何台売って、開発費が何億だっていう単純計算では損益はわからない.償却費とか引当金とか宇宙のダークマターみたいな資金がいろいろあるのよ.来年度の部下の人数、サービス費用、減価償却、office賃料、事業所経費、広告費、本部上納金、リストラ効果、、、、わたしが思いつくのはこんなところだが、実際は他にもいろいろあるはずだ.妥当な範囲でこれらのパラメータを振って、事業部の利益をシミュレーションするのが管理屋の仕事.
だから、管理屋がシミュレーションしてくれてはじめて事業部長は来期の利益予想を知れる.そのシミュレーションのときに、来期は苦しそうですから、こういうリストラをするとこういう効果がありますって言ってくれるのが優秀な管理屋だ.豊臣秀吉にとっての石田三成はこんな役だったんじゃないかな?

●事業部の毎月の業績の確定
管理屋って、いつもexcelをいじっていて、遅くまで残業している.技術者でいたときは何をやってるのかわかんなかった.簡単には、金の支出と売り上げデータを元に、現時点での損益を計算しているってことだ.やはり事業部長にとって必要不可欠な役割だ.

すると、その程度の仕事で遅くまで残業する必要があるの?という疑問が浮かぶ.それはねーたぶん、しょっちゅう何かトラブってるんだ.たとえば、、、
「海外の販社がいきなりサービス費用の引き当てを1億円も請求して来たってさ」
「えーっ、そんなのちゃんとやってるだろフツー」
「調べてみよう」
「べつにおかしくないけど......」
「あっ、もしかして引き当てし忘れてるってこれのこと?」
「どれどれ」
「うわ~本当じゃん、まずいだろこれ」
「いまただでさえ赤字なのに、この1億円の穴をどう埋めんだよーっ」
こんなスパイラルにはまってんだよきっとw.

だから、有能な管理屋がついた事業部は、その管理屋のおかげで埋蔵金を発掘して、黒字転換したりすることもあるわけ.となるとある意味事業部長よりエライわけよ.だから有能な管理屋は本当にエライと思うね.尊敬に値するよ.

●経費削減プロジェクト、引っ越しするとき、リストラするとき
事業部が赤字と予想されるとき、損益を改善する手段はいろいろある.
・officeの賃料が高いので、officeの面積を圧縮してキャッシュアウトをセーブしよう.
・田舎の事業所に引っ越せば家賃が安くなる.
・不要な資産を除却して、売って、償却費を減らせばよい.
・日本人をリストラするよりは先に海外販社のリストラでしょ.
・アメリカではマイノリティはクビにできないから、部署ごと潰そう.
・工場を統合してリストラしよう.
・次期商品の開発をstopして技術者をリストラすると、来期だけは黒字になる.
・サービスとQCを工場に移管して経費を安くしよう.
・自然災害で破壊された設備の復旧費用はいくらか?
などなど....
これらのすべてについて、経費削減効果がどのくらいかをシミュレーションするのが管理屋の仕事.技術者顔負けの専門性が管理屋にも要求されると思われる.

●事業部が合併するとき
合併によるメリットをシミュレーションするのはもちろん管理屋の仕事.
事業部長同士を握手させるお膳立ても管理屋の仕事.

●事業の利益を配分するとき
巨額の設備償却を要する事業では、稼ぎ頭のカテゴリに設備償却費を厚く盛って、新規カテゴリには償却費を少ししか盛らないようにする.また、赤字の部品事業に黒字の完成品事業から利益を環流させる仕組み作り.こういう資金計画は管理屋の仕事.

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経理屋は、決算するのが仕事なので管理屋とは違う.管理屋は投資するのが仕事.ある人がこう言ってた.「経理は死んだ子の歳を数える仕事だ」  確かにそう思う.

わたしは技術しかやりたくなかったんだけど、でも、管理屋が金を廻して支えているんだってことを骨身に染みて理解できたのは、すごく社会勉強になって良かったと思うんだ.

--続く--      つづく         前へ

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2011年10月27日木曜日

歩行器を作ってみた (福祉機器)

失業したら通学介助を却下されたという話を以前書きましたとおり、うちの子供は車いす生活者です.ソニーを辞めた理由の一つが、子供の介助のためです.介助は男の仕事だぜ.

車いすっていうのは、使ってみてわかる構造的善し悪しがあってさ、「間違いだらけの車いす選び」という本を書いて出したいくらいですわ.そのうちこのブログで福祉機器シリーズ化しようっと.

子供の病状は、トイレに行くときとかは少し歩けるんだけど、最近歩行能力がかなり劣化してきて、トイレまで歩くのにも転んだりして心配になってきています.

学童保育の先生から、歩行器を導入するのは考えてます? と言われ、そういやその手を考えてなかったなぁと思い、サクッと作ってみた.変な荷重をかけるとコケる不安定さがあるので、そこんところは明日改良してみよう.さっそく子供に使わせたら、ヨボヨボのおばあさんが乳母車を押して歩いてるみたいな様子になるが、ちゃんと安定して歩けるようだ.

色はエバンゲリオン初号機みたく紫+緑にしようかと子供に言ったら、それは却下され、湘南新宿ライン色にしてくれと要求されました.ライトもつけろとか要求されました.アホか.

もしかして 学童+学校の2F+学校の3F+家で合計4つ作るのだろうか...

失業した理由シリーズ018 ヘリカルスキャンの終焉

失業した理由シリーズ017で書いた開発projectでヘリカルスキャンの技術開発は終わった.
その理由はなにか?

人類は長い間メカニカルなストレージしか持たなかった.
カセットテープもDVDもHDDもヘリカルスキャンもみなメカストレージである.

メカ無しで信頼性が高い半導体メモリをコンスーマーが潤沢に手にできるようになったのはここ5年ぐらいのことだ.

半導体メモリが登場するのはどうしてこんなに後になったのか?

それはコンスーマが要求する記憶容量があまりにも大きかったからだ.

人類の活動で最も大量にデータ生成するのはビデオである.ビデオデータはだいたい1時間で1Gバイトだ.つまり、モバイル用途で必要とされるストレージ容量は、数Gバイトなのだ.32kバイトとかいう小さな半導体メモリならば25年前からあったが、数Gバイトを1万円ぐらいの価格で実現するほど半導体の集積度が上がるには2005年ごろまで待たなければならなかったということだ.
一方、DISKやテープでは、半導体に比べ100~10000倍もの”表面積”で記憶容量を稼ぐことができたから大容量化が半導体よりも数10年先行していたわけだ.

ただし、半導体メモリにもまだ攻略できていない市場はある.

モバイル用途なら数Gバイトで結構だが、HDDレコーダーのような固定用途なら数Tバイトが必要容量である.この容量帯は目下の所HDDの独占市場だ.半導体メモリが数Tバイトまで進化するにはあと10年かかるだろう.だからHDDはまだ続く.

光DISKは今、BDが25GBで\100/枚ぐらいなので、まだFLASHよりも圧倒的に安いのが利点だ.ただし今後、BDはFLASHとHDDとCloudに挟撃されるだろうから、BDの将来には不透明感が強い.そもそも20GBのデータをDISKに焼いて保存するという行為自体がマイナー化してしまうのではないだろうか?  私はアニメのエアチェックのためにBDを使いつづけるけどね.

さて、ヘリカルスキャンが他のストレージとの競合でどうだったかというと、本来得意な容量帯が数Gバイトなので半導体とモロにぶつかり、かといって数Tバイトもの容量は苦手なのでHDDには勝てずと、どうも分が悪い.

少々値段が高くても許されるテープストリーマでは、1Tバイト級のヘリカルスキャンをがんばって開発したが、いかんせんHDDよりもデータ転送レートが遅いという弱点があった.ヘッドとテープが摺動するので、HDDほど高速走行できないのである.多ヘッド化による高速化にも物理的限界があった.

つまり、ヘリカルスキャンは半導体メモリがやってくる以前の時代で、たかだかビデオ程度の低~中規模の容量と転送レートを達成するためになら、安価で最適なシステムだったのである.

かつてのテープレコーダ屋であるソニーは、そういうメカニカル記録時代の覇者だった.量子力学やプロセス技術が支配する半導体メモリ時代の覇者にはソニーはなれなかった.

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断続的にリストラを続けてきたテープストリーマ事業部だったが、いよいよ2010年には新規開発がゼロになり、工場のメンテ業務だけになった.エンジニアの人数も最盛期には100人だったのが10人を残すのみとなった.私には工場のメンテの10人になる適性はなかったし、なる気もなかった.社内で他の仕事を探さず、ヘリカルスキャンの終焉と共に、しゅたっと辞めた.

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2011年10月26日水曜日

失業した理由シリーズ017 ヘリカルスキャンの掉尾を飾って成仏

「歴史観無視プラン」がダメだと確定したことで、わたしの予想が当たったものの、わたしの「歴史観遵守プラン」が成立したわけではない.そこがフラストレーションなところだった.

しかし捨てる神あらば拾う神あり、すったもんだの末「歴史観遵守プラン」は、その後、とある事業部に拾われて生き残った.この経緯を書くのはおもしろいと思うのだが、書くのは自粛.(当時の社長がテープ事業部出身の中鉢氏だったことは遠因だった)  わたしは自身の誇りをかけて「歴史観遵守プラン」の商品化に取り組んだ.拾ってくれた事業部の期待に応えるためにも失敗なんか絶対にできない状況だった.

従来の開発体制は、テープ屋+ヘッド屋+ドライブ屋が別の事業部だったので、チームワークが悪かったのだが、ありがたいことに今回は3者が同一事業部になり運命共同体としてコミットする体制になった.ここで、管理屋が企業内でどういう役目を果たしているのかがわかった.企業は技術なんかじゃ廻らない.金で廻るのである.金が企業の血液だ.管理屋は企業の心臓だ.

歴史観遵守プランとはどんなだったか?
  LSI       既存LSIの流用(開発期間の短縮)
  ヘッド    新GMRでブレークスルー(摺動系の負担軽減策)
  テープ   あまり変更しない
  メカ       既存のまま
  サーボ   新サーボでブレークスルー(メカの負担軽減策)
  摺動系   現状維持
ヘッドとサーボさえ実現できりゃ、あとのリスク分野はそのままでいいからさ!という目論見.LSIをあえてサボッたのは、最短で1年かかるのでありえなから.

優秀なエンジニア達は本当に全力を尽くしてくれたし、狙った技術の筋が良かったので、開発はほぼ順調に進み、高い信頼性の商品を期日通りに出せた.このprojectが技術屋としてのわたしのピークだった.

しかし残念なことに、この商品はそんなに売れなかった.発売時期が遅すぎたのである.O主任技師によって失われた数年間を取り戻すことはついにできなかった.

この後、仕事は後退戦につぐ後退線の様相を呈してゆく.

もともとヘリカルスキャンがやりたくてこの業界に入ったわたしである.ヘリカルスキャンの掉尾を飾る技術をブチ込めたさってことだけがわたしの収穫となった.これを超えるヘリカルスキャン装置が開発されることは二度となくなった.やるこたぁやったんで成仏だ!

--続く--       つぎへ          前へ

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2011年10月25日火曜日

失業した理由シリーズ016 グルグル回って暗転するヘリカルスキャン人生

本シリーズ015までは、ヘリカルスキャンをおもしろがっていろいろと出しゃばってきた結果、転職したり収入が増えたりして、長い目で見れば上り坂だったなぁという回想だった.

ここからは次第に状況が暗転する.だいたい2003年頃から後のことだ.

日本の輸出製造業が、円高による業績不振への対処としての工場の海外移転という施策だけでは足りず、研究開発や事業の選択と集中に取り組み始めた時期でもある.その行く末には、ハイパー円高への対処として、日本国内設計の打ち切りというところまで行くのであるが.

テープストリーマも自由な投資はしづらくなっていった.投資が絞られつつある環境下で、どっちが正しい投資なのかで険悪な論争をしたことがある.研究所が出しゃばってひどい目に遭ったという話だ.

研究所とはピーク性能を1台だけ出せばよい機関なので、量産性や経時劣化を無視した「研究成果もどき」を事業部に押しつけるといった無茶をやることがある.だから、事業部は研究所のアウトプットを査定する目を持っていなければならないのだが、私の警告を無視して研究所のアウトプットを盲目的に事業部が採用してひどい目に遭った.

事業部が持つべき査定眼とはなにか?

技術の発展には歴史(=因果関係)がある.光DISKを例に説明するとこういう因果関係のことだ.
●かつて主流だった光磁気DISKがDVD-Rに負けた理由は、松下が開発した相変化技術のほうが光磁気DISKよりも高SN比だったからだ.
●長い間DVD-Rの天下が続いたのはBDのための青色レーザーの開発が難航したからだ.
●光DISKの転送レートが遅いのは”焼く”からだ.(光DISKはレーザーで加熱して焼いているのである)

だから、寿命が1時間しかない青色レーザーで出した高記録密度の成果や、光ピックアップを2個搭載して転送レートを2倍に速くしたなどという研究成果を、事業部としては量産には至らぬと断定して一蹴しなければならない.それが査定眼だ.

さて、我らがテープストリーマの技術発展史によると、研究開発の骨子をこう設定するのが妥当だ.
●最も進歩が著しいのはプロセス技術である.テープの進歩は中間ぐらい.メカは発展しないのでアテにしてはならない.だが最も進歩しないのはヘッドテープ摺動系だ.
●したがって、プロセス技術であるLSIとヘッドでブレークスルーすべきである.
●それがダメなら、パラダイムを変えるようなブレークスルーがなにか必要だ.

研究開発方針はこのようにして骨子を固めるのだ.保守思想とそこからの飛躍の2段階である.

ところが、研究所に、O主任技師というペテン野郎がいて、こいつが歴史観無視のとんでもないプランを持ってきやがった.「テープヘッド摺動系ががんばる.プロセス技術を甘やかす.」

わたしはこんな「歴史観無視プラン」はありえないと確信した.わたしは投資は必要だけれども歴史観遵守な対抗プランも提案した.それに賭けよと訴えた.

O主任技師は、私への対抗手段として、私のプランをあの手この手でつぶし、商品化スケジュール的に事業部が「歴史法則無視プラン」を採用せざるを得なくなるのをじっと待っていた.その間、私は各方面から非難された.
「LSI屋が摺動系に口出しするのは逸脱行為」
「人が嫌がる物を推進するな」
「やってみないうちからダメと言うな」
トンチンカンなことを言うな!! やってみないうちから本物を見抜いた者にしか勝利は訪れないのだ.こういうところは、ソニーもすっかり官僚的になっていたってことなんだねぇ.

やがて、私のプランは私を外したところで却下され、O主任技師の「歴史観無視プラン」に事業部の投資ボタンが押された.私は憤慨した.テープストリーマ事業部を出て行く準備を始めた.

「歴史観無視プラン」を成立させるべく、事業部のエンジニアが必死に検討を重ねるのをわたしは脇見していたが、こりゃやっぱダメだという判断が下されるまでさほど時間はかからなかった.私の正しさが(半分だけ)立証された.なにせ、たった30分でヘッドがダメになるのである.商品化なんかありえん”研究成果”だった.O主任技師が虚勢を張るために考えたプランなんか、ライバルプランを政治的に蹴落としたって筋が悪すぎてダメってことだ.

O主任技師は、日本帝国陸軍みたいな奴だった.手段の合理性すら査定できない無能なくせに、「いま撃って出ずに日本人の誇りは守れない」みたいな大きな主張をする奴.この場合は「下火のテープ事業の永続には記録密度の大幅アップが不可欠だ」っていうのが彼の「大きな物語」だったようである.大きな物語を語る前に、合理的な手段を考える程度の知力を養えってんだ.

O主任技師のプランがダメってことは確定した.研究所は「スミマセンでしたー」で終わるけど、事業部はそうはいかない.なんとかしなくちゃいけない.どうするか? すでに私のプランはつぶされて復活の目はない.そこで、私はプラン2を提案したが、茨の道であるのは承知していた.

そもそもO主任技師のペテンで正統な技術開発が潰され、茨の道に突っ込んでいかなければならないエンジニアの不憫さを考えるだに、それを食い止められなかったことが悔しくて、私は泣いた.目黒のegobarでボロボロと泣いた.あのときegobarのマスターはどうしたんだろうと思ったに違いない.egobar7周年記念Tシャツをもらったのはたしかそのときだった.サンクス、マスター.

--続く--        つぎへ          前へ

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前回のブログの、
クイズ: 少女セクトで唯一男性キャラがいるコマがあります.それはどこでしょう?
これの回答です.
桃子が大神先輩を殴って共学の高校に転校して、下駄箱にメアドを貼りまくられるシーン.
2巻の155ページにあります.う~ん、男出すなよもぅ.

2011年10月24日月曜日

大朋めがね、玄鉄絢、ふうたまろ、ゆきみ といえば何のジャンル?

長い間空き家だった秋葉の旧LAOX computer館がK-BOOKSになりました.この店はHマンガの見本誌を置いてあるので内容チェックができるので便利です.かつて見本誌を置いていた新宿書店が閉店してしまったので不便してまして.新宿書店跡地は今は千石電子の事務所になってるようです.(しっかしあの界隈に住んだらさぞ楽しいだろうなぁ)

K-BOOKSにて大朋めがねの新刊を発見、即買い.
内容は、まぁアレだ、「非実在青少年条例」的な内容につきみたいにゃ.

大朋めがね好きなんです.細い線と白いコマとかったるいストーリーが.加えてわたしはめがね属性があるのでティヒヒっ.コミックスは4冊しか出てないもよう.わたしの入手順に
「Scool Girl」  オムニバス形式.
「セイバーマリオネット」  あかほりさとる※原作のSF.残念ながら1巻で尻切れ状態.
「green.」  今回買ったもの.1巻で完結.オムニバスではなく主人公あり.
「ひみつ」  迂闊にも存在を知らなかった.入手します.

※あかほりさとるは音泉の月曜日「ポリケロこんじゃく」に出てます.  http://www.onsen.ag/

Hマンガにはチェックを入れてますが、これは買いだ!というのは少ないです.わたしの場合、巨乳萌えではないし、体液ドロドロな絵はこんなのありえねぇってわけで、その時点で66%は脱落するんですわ.

バンブーコミックスやマンサンコミックスも一応チェックしてますが、絵は綺麗なんだがそんなにヒット率は高くない.ポン高花田の本は買ったことがあります.ふうたまろの「となりのアサミさん」はかな~りよかった.ふうたまろは全部買おうと思います.「ベルベットキス」はいいね.どう見てもアスカ似の主人公にはプラグスーツ着てろと言いたいです.

ゆきみの作品はいいですね.ぜひもっと描いて欲しいです.2冊のみ出版.

そして、玄鉄絢の「少女セクト」は日本の宝.発売時にはAmazonの売り上げNo.1を2weekに渡ってkeepしたとか.たしかにそれだけの価値はあるだろう.(3話で桃子が「オルガスマシン」を読んでいて、それがきっかけで荒木元太郎を知りました)
「星川銀座四丁目」の星川は相鉄線の星川駅のようです.まーたずいぶんとマイナーな駅をって気がします.柿生とか相武台前ではいかがか?

クイズ: 少女セクトで唯一男性キャラがいるコマがあります.それはどこでしょう?
   →回答は次号

2011年10月23日日曜日

心霊体験シリーズ003 テレパスの 気分は七瀬ふたたび

ひさしぶりに心霊体験シリーズ.前回はこちら

その朝の夢見は私にとって未だ体験したことのない異常なものだった.

高いところから落ちる悪夢はよくある.だがその朝は高所落下夢を繰り返し見たのだ.
明け方に10分おきに10回は悪夢を見ただろう.気が狂ったのかと思った.
人によっては、一度目が覚めて二度寝したとき、夢の続きを見れる人がいる.
だが私の場合は目が覚めれば夢はリセットされ、同種の夢をみることは無かった.
だからこれは異常な夢見だった.

おかげで寝起きが悪く、奥さんと子供が起きて部屋から出て行った後も、わたしはベッドで横になったままボーッとしていた.

当時4歳ぐらいだった子供と3人で2階で寝ていたので、奥さんと子供が階段を降りていった.いつもどおり子供が先に降りていったようだ.

とその直後、「キャーっ」という奥さんの声とともに、ドタンドタドタッと階段を転落する物音が続いた.

ヤバいと思った.4歳児の上から大人が転落したのである.打ち所が悪ければ首の骨を折ってお陀仏になったかもしれない.飛び起きた私が階段の上から見た光景は、向かって左側に頭を下にして「痛ーい」とうめいている奥さんと、その右側で「ギャーッ」と泣いている子供だった.二人とも意識はある.
わたしは階段を駆け下りて声をかけた.幸い、二人とも精神的ショックはあったものの、身体的には、奥さんがひどい打撲、子供が軽い打撲ぐらいで済んだようだった.

わざわざ医者に行くほどでも無かろうと結論し、朝飯を食べていた私はふと、今朝の異常な夢見を思い出して心底ゾッとした

何度も私を襲った高所転落夢は、階段から落ちる際の奥さんか子供の恐怖心が2時間の時間差を伴って私の脳内に発現した予知夢だったのではないか??? 当事者である私にとっては信憑性があるように思えてならない.

それ以来、私は怖いのである.
他人の恐怖心が勝手に自分の精神に流れ込んでくるかもしれないということが.

もし誰かの断末魔の恐怖が流れ込んできたときの自分の精神的ショックは果たしてどれだけのものだろうか?

「七瀬ふたたび」はSF小説の話じゃないのだ.わたしにとって.

幸いその時以後、予知夢と思われる経験はしていない.

--続く--

2011年10月22日土曜日

失業した理由シリーズ015 LSIベンダー富士通東芝ロームLSIソニー...

失業した理由シリーズ008で少し触れたように、録再回路はもはやアナログ回路で作る時代じゃなくなって、数100MB/Secぐらいのデータレートのデジタル信号処理でやる時代に1990年代から変わってきていた.

これは、クルマのエンジンに喩えると、かつてキャブレターで吸気していたエンジンが、ECUで制御されたインジェクションで吸気されるようになるぐらいの進歩だ.冬でもエンジン始動一発みたいな信頼性を獲得できるようになる.

録再回路へのデジタル信号処理の導入時期を決めたのは、その膨大なデータ処理量ゆえに、LSIのプロセスルールが0.25umぐらいになってようやく必要な集積度と動作速度を調達可能になったからだ.それと、1995年ごろにいち早く録再回路のデジタル信号処理に着目していた会社がたぶん世界で3社しかなかったからだ.ソニーとCirrusとMarvelの3社.

わたしはLSI開発専業じゃないので、年がら年中LSI開発をしていたわけじゃないけど、アーキテクチャはシステムLSIに凝縮されてしまうので、LSI開発こそが最重要の仕事だった.(正確にはカスタムLSIまたはASICと書くべきだが以下はLSIで通す)

LSI開発は、数億円の開発費用をかけ、もしも失敗したらprojectのスケジュールが最低でも3ヶ月は遅延するという超新星爆発レベル、もとい中性子星同士の衝突レベル、もとい銀河中心の超巨大ブラックホール同士の融合レベルのハイリスクを抱えた、のるかそるかの一発勝負である.もしも爆発したら、周辺の星団の生命体をも根絶やしにしてしまう破壊力だぞー.   (ディアスポラ byグレッグ・イーガン)

その大勝負感が格別におもしろい.

また、テープストリーマ特有の事情で大勝負にならざるをえなかった.

コンスーマ商品のLSI開発では、第1世代では3チップで構成されていたのを、集積度を高めることで第2世代では1チップ化するというような、設計は同じだがシュリンクだけするっていう方向のLSI開発が行われることが多い.

テープストリーマはこれとはかなり異なる.テープストリーマの場合は2~3年ごとにフォーマット自体を刷新してしまうので、LSI開発の度にゼロから設計し直しになる.これはただシュリンクさせる業務より断然おもしろい.アーキテクチャを刷新するチャンスがより頻繁に巡ってくるからだ.

これがテープストリーマが好きだった理由の一つだ.

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昨今のLSIベンダーのトレンドは、台湾のTSMCに代表されるようなプロセス専業メーカーと、豊富なIPを持つLSI設計メーカーとに棲み分けされる傾向が鮮明になってきている.そんな中、日本のLSIベンダーはプロセスもIPも中途半端にしか提供できなくて、大規模LSIに全てのシステム要素を集積して部品コスト低減を図ろうとするSystem On Chip(SOC)時代にはいまいち企業戦略がマッチしてないという印象が私には強い.

LSIを作ってくれる会社(LSIベンダー)は世界にいくつもあるが、おつきあいすると各社各様.

富士通:
テープストリーマでは最もお世話になった会社.御用聞き的サポートをいかようにでもいたしますという、極めて日本企業的対応で、ありがた~い.LSIの値段は普通.

東芝:
御用聞き的サポート精神はない.LSI設計マニュアル本をどさっと渡されて、これ読んでください.わたしのヘタレた質問には、マニュアルに書いてあるのでマニュアルを読んでください、という対応で、へーっ、そう出ますかぁ?って感想だ.取りたい案件には積極的.LSIの値段は普通.

ローム:
判断高速.採算性の精査なんかそこそこに、この契約を取るべきだという意志決定に従い、ガンガンと攻めて来る関西商人.日本企業と言うより中国企業的な小回りの利く動き.大規模ロジックLSIは扱ってないが、アナデジ混載LSIが得意で値段は安い.

LSIロジック:
おれは好きだなぁLSIKKの雰囲気.かつては日本に開発部隊があったようだが、多くの外資系企業の例に漏れず、いまのLSIKKは営業とサポートのみ.したがって技術打ち合わせは海外で外人とやる.LSIKKはほぼ全員が転職者あるいはM&A合体者なので、日本企業の忠誠心が毛穴からにじみ出てくるようなウェットさがなく、ドライなわたしの好みと合う.
技術的には、プロセス開発は放棄して、システムLSI時代のIP囲い込み戦略に特化している.この戦略は正しいと思う.LSIの値段は、豊富なIPで集積度を高めることに成功するとすごく安くなる.
好きです、LSIロジ.一緒に仕事ができて楽しかった!

ソニー:
プロセスもIPもあまり印象ないんだよなぁ.社内向けのコンスーマ用LSIで手一杯という感じ.Cellの製造設備も売っちゃったし.う~ん、、、、

NEC:
アナログマスタースライスを少し使った程度でよく知らない.

日立:
カスタムLSIではおつきあいがなかった.

--続く--      つづく             前へ

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2011年10月21日金曜日

輪るピングドラム 13話ED 「灰色の水曜日」には原曲があるのね

2クール目に入った「輪るピングドラム」.

どういう話になるのか全然わかりませんねー.お父さんとお母さんがどうして桃果を殺したのかが謎解きされてゆくのかと思ったものの、謎の医者が出てきたりして、もーわからんとです.

それはともかく、「せいぞんせんりゃくー」が気持ちよくてたまりませんです.
最近の数話ではやってくれないのですがね.
youtubeには生存戦略のみが多数upされていて人気ありますー.
多数ある生存戦略の中でもこの5話の生存戦略がいちばんおもしろいですー.
http://www.youtube.com/watch?v=3PkccetsCy4&feature=related

OPもEDもよろしいですー.
OP=薬師丸えつこ「ノルニル」
http://www.youtube.com/watch?v=Vk_KkbBpTb0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=2sGshNxJbHM
ED=「Dear Future」
http://www.youtube.com/watch?v=kU_GvW4hCNU

ところで、13話だけED違うんですが、これがいい曲なんです.
ピアノのアレンジが好きでして.
CDとか出てるんだろうかと探したけど出てる様子無し.
ED13=「灰色の水曜日」
http://www.youtube.com/watch?v=DlQtRErGSc8

なんと、この「灰色の水曜日」には原曲があるんですね.ARBというロックバンドです.視聴数が上がってます.イントロは違う曲みたいんですが、しばらく聞くとたしかに13話EDと同じ曲です.
http://www.youtube.com/watch?v=EIhGHXagzRY

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今夜放送の15話でOPが変わりますか?
ネットにはすでに新OPがupされています......

失業した理由シリーズ014 企業の青天井感覚は大切か?

ソニーの厚木TECへソニー社員として初出勤したのが1998年7月1日.HP転職時に給料が1.5倍になり、ソニー転職時にさらに給料が1.5倍になったので、2年間で給料が都合2倍になった.初志貫徹でソニーマグネスケールを辞めて正解だった.

初日には辞めたはずの平坂が突然現れるという演出をしたかったらしいが、その前日に行き先掲示板に「平坂」名札が貼られてバレてしまったそうだ.ああ残念.

品行方正なHPからソニーに戻って、ヘリカルスキャンという手離れの悪い複雑な機械の設計に戻り、わたしにはやはりここの居心地ががよいと思った.

なんで居心地がよかったのか?

子会社、外資系企業、大企業と渡り歩いたのを振り返ってみて、真相はこうだと思っている.

ソニーマグネスケールでは、継続的にリストラが進められていた.
労組がないのをよいことに、給料を減らし自発的に退職を促す政策と、隙あらば辞めるよう圧力をかける政策が採られていた.すると社員は搾取されていることを察知し、保身のため逃げ道を模索し始める.まともな奴なら転職するところだが、そうせずにネットワークビジネスや新興宗教にハマる奴が続出し、社内は荒れた.もっとも、子会社ゆえに社長はしょっちゅう替わるので、こういったアンフェアな状況はその後変わったのかもしれない.

HPでは、会社がフェアであることを疑う者はいなかった.
にもかかわらず、漠然と察知されたのは、所詮外資のローカルオフィスであって、何を開発するかは本国のヘッドクォーター(HQ)にお伺いを立てなければならないし、HQの政策次第で開発部隊が根こそぎ消滅させられるかもしれないという「頭の上になにかいる感覚」「青天井でない感覚」だった.これは、IBMにせよMSにせよAppleにせよMacDonaldにせよみな同じだと思われる.外資系企業とはたぶんそういうところなのだ.

昨夜、とある講演会でおもしろい話を聞いた.日本IBMは今や最もドメスティックな企業なのだそうだ.今時は中小企業でもアジアへ進出しているが、日本IBMは日本市場でしか活動できないので、日本経済の盛衰を最も気にする企業になっているとのこと.これこそ「青天井でない感覚」だ.

ソニーは、HPほどではないにせよフェアネスのある会社だ.
また、五反田がHQなので、ソニー社員は自分達のことは全て自分で決められるポジションにいる.この「青天井感覚」が、ソニーに入社して居心地がよいというかスッキリしたようにわたしが感じた理由だ.市場は日本国内だけとか、商品はこれだけなどの言わば封建制状態にある企業は活性度が低下する.だから所属企業の「青天井感覚」はとても大切なことだと思うのだ.皆さんはどう思われるだろうか?

「青天井」「ヘリカルスキャン」「高い給料」「勤務地」を併せ持つソニーに漂着できたことは私にとって僥倖だったと思う.

その後、AITやSAITやDDS/DATなどのテープストリーマ開発で2010年まで過ごすことになった.

--続く--      つづく       前へ

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2011年10月20日木曜日

失業した理由シリーズ013 ヘリカルスキャンへ戻る

本シリーズ前回は、神戸でギラギラしてないけどまぁよろしかろうという生活をしていた私のところに来た一通のeメール.そこには「ソニーに戻ってこない?」と書かれていた.

当時、ヘリカルスキャンのデバイスは 8mm videoは下火だったとはいえDVCが全盛期で、それゆえテープストレージも有望と考えられ、ソニーの研究所で開発したDDS3やそれと平行して開発されたAITも売れていて、テープストリーマ事業部の鼻息は荒かった.

それと、この時点で1998年1月、あと2年経つと、世界中のコンピュータが発狂するかもしれないとIT業界が戦慄する2000年問題がやってくる時期でもあった.まるでジョークみたいだが、1999年はテープストレージがよく売れたのだ.「2000年問題の切り札はテープ」などとセールスキャンペーンしていたんだろうなぁ.これも一種のマッチポンプw.

そんな中、事業部は社内人材募集をしていたがあまり人が集まらない.そもそも、1990年代のソニーにおいて、コンスーマデバイスが光DISKへと移行する中でテープデバイスに参入したがる者は少なかった.また、テープストリーマはOEMビジネスなのでそれも不人気な理由だった.やっぱり、自分達がデザインしたコンスーマデバイスにSONYの名をつけて世に出したいと思うのが多くのエンジニアの気持ちだった.

OEMビジネスがどんなものかというと、いろいろ厳しいのである.OEMがなんの略なのかは知らないけど、ソニーで設計製造したテープストリーマに、たとえばCompaqのネームプレートをつけてCompaqに売る.ソニーが$400で売ったテープストリーマを、Compaqは$1200で企業に売る.Compaqは天皇、ソニーは奴隷の関係になる.不良がでりゃすぐに事業部長が謝りに行くし、不良原因と再発防止策レポートを一週間以内に返さなくちゃいけないし、保証期間を3年にしてくれたら買ってやるなどと足下を見られるし、年中ゴタゴタしていて残業が多い.そういう事情が知られているので、人が集まらないし、出て行く人も少なくない.人手不足が慢性化していた.

1997年末、わたしが東京に帰省したとき、DDS3を一緒に開発したソニー社員と飲んで「退屈だよ」という話をしたのがテープストリーマ事業部の人に伝わり、わたしをソニーに引っ張る算段をしていたらしい.

もとよりソニーの給料でソニーに残留し、テープストリーマを開発し続けたかった私にとって、是非実現させたいオファーではある.しかし、非円満退社したソニーマグネスケールから横槍が入る可能性が懸念された.実際、ソニーマグネスケールの人事はそんな奴を雇うのはけしからんと横槍を入れてきていた.余計なお世話だとしかいえんわ.

お誘いメールを読んでから、う~んと5分ぐらい考えて、神戸に来てアナウンス事務所で修行中だった奥さんの都合なんか無視して、オファーに乗ることにして、メールを返信した.ソニーマグネスケールからの横槍で壊滅したらそのときは失業して職探しするわと覚悟した.

周囲の都合なんかガン無視して瞬時に決めてしまうドライなわたしである.

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で、ひそかに上京して面接に行ったりして、HPからボーナスをしっかりもらって、1998年7月にヘリカルスキャン開発に復帰した.

わたしをソニーに引っ張ってくれたozkさんには感謝いたします.

また、たった2年で辞めてしまった平坂を温かく追い出してくれたHPの皆さんにも感謝いたします.その後神戸事業所は規模縮小されてしまったようですが、皆さん元気だろうか?

--続く--      つぎへ        前へ

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2011年10月19日水曜日

ブログ開設20日目のトラフィック分析

本名でブログやるかね~?という反応をいくつかいただいたわけですが、オタクテーマと硬派テーマを織り交ぜて活動中の「平坂久門ただいま失業中」は、はやくも開設以来なんと20日が経過しました(たったの20日).    私としては予想外に硬派テーマの比率が濃い気がしています.

このブログサイトはgoogle系のブログサイトです.他のブログサイトがどうかは知らないんだけど、トラフィック分析機能っていうのがなかなかおもしろい.トラフィック分析機能があるおかげで、ブログを書く気が増進しているわたしです.

まず下図はpv/dayのプロットでして、平均して60pv/dayぐらいで推移中.
10/4の最初のピーク90pvは、都立大マン研関係者と、住宅リフォーム関係者と、アニオタ関係者へ「ブログ始めたよー」と告知したとき.10/17のピーク170pvはソニー関係者へ告知したとき.私の交友関係はこれでだいたい全部なので、これ以上は浮動票が入ってこないかぎり増えないだろう.

と思いきや、すでに浮動票に支配されているっぽいんです.ブログランキングサイト経由で飛んできているアクセスがダントツで多いんです.経由地第1位は、2位にトリプルスコアで「ブログ村経由」.2位がpu.ggのなぜかUSAのサイト.3位がgoogle経由.ブログランキングサイトの威力をまざまざと見せつけられたという感じがします.

国別アクセスランクでは、なぜかなぜかアクセス比率1.5%ではあるもののロシアが2位.日本人赴任者の方が読んでるのかしら?  --->サンクス、ロシアの人

OS別アクセスランクは右図.市場シェアの割にはMacが多いです.Windowsは無人運転が多いのかしら? Android/iPhoneも合わせるとMacを上回るのでさすがスマホです.DoCoMoが僅少なのはiMODEでclosedだって意味かと思われます.

どんなもんかと思い広告機能も埋め込みました.収益には期待してません.広告機能は、エロいサイトへと進化すると撤去されるらしいです.注意しなくちゃいけないね.

記事別のpvの特徴は、
・「失業した理由001」は歴代1位.ランキングサイトの誘導結果だと思います.
・「失業した理由シリーズ007 輸出製造業は自由貿易の夢を見るか?」が根強く2位.これはソニーの人が読んでるんじゃねぇか?なにせ自分自身の話だもんね.
・心霊系、アニメ系はそんなにpvが伸びるほどでもない.
・「九条の会の感想」は最も硬派な内容と思われますが全然読まれてません.政治話は拒絶感が強いってところでしょう.あるいはランキングサイトの登録分野のズレかも.

シリーズ物の執筆は、全体構成を決めつつ各話のプロットまで一気に書き、投稿するときに手を入れて公開という手順でだいたいやっています.
・ヘリカル---は021で完結の見込み.
・心霊---は010まで持たない.そんなに心霊体験ないんでね.UFOに連れ去られてチップを埋め込まれた経験すらないしよ.
・未着手の住宅リフォームシリーズは030ぐらいまで行けそうだけど、実技レポート化しそうです.
・中心テーマの失業ネタをまだほとんど書いてないですね.失業にまつわる行政手続きの話はいろいろと書くことがあります.

てわけで、今後もよろしくー.

---できましたら、お友達に奨めてください---

2011年10月18日火曜日

宇宙戦艦ヤマトは取り舵いっぱいで右へ曲がってた

当ブログの読者の方が、宇宙戦艦ヤマトナビを購入したとのこと.森雪がナビってくれるというので、youtubeで検索したらありました.http://www.youtube.com/watch?v=NLvM-GxtBo0

森雪によるナビセリフはこんなです.
「あなたにこれを伝えるのが私の任務です」
「左舷9時の方向です」
「すぐに左に輝くあの名も無き星に向かうの.さあ、行って」
「レーダー確認.距離およそ300m先、右方向が正しい航路よ」
「あれは何かしら」
「およそ300m先宇宙気流に乗って右ロマンチックな高速道路」
「レーダー確認.入り口です」
「分析の結果これは入り口だと判明したわ」

運転中に分析しないで.あれは何かしらって言わないで.おねがい.....
気が散って運転できねえよ.ひ~っ

ちなみに、この宇宙戦艦ヤマトナビには「アナライザーナビ」も装備されているようです.

真田さんの「こんなこともあろうかと裏道ナビ」が装備されているかどうかはまだ確認できていません.

ぜんぜん別の商品ですが猪木ナビもあるようですね.

さて、ここでより高い安全性を意識した生存戦略ナビを提唱いたします.
起動音には「ひまーりーん」または「生存ー戦略-」の声を採用.次のナビセリフで意識をシャキッとさせる効果があります.
「きっとどこへも行けないおまえ達に告げる」
「とっととクルマを出しやがれサル.今回特別に許可してやる」
「ほら下僕2号、300m先を右折するのだ」
「ぼさっとしてないでちゃちゃっと運転しやがれ、この役立たずのおたんちんめ」

誰でも思いつくアスカナビはやめました.

2011年10月17日月曜日

九条の会の講演会の感想

いまどき、右翼左翼という分類は死語であることは判っているが、知り合いに左翼の方がいて、九条の会というところで憲法九条を守ろうと主張している.九条の会主催の講演会に誘われたので見物しに行った.

講演の論理構造は、沖縄とかベトナムの戦場写真を見れば、戦争が悲惨だとわかるので、平和が訪れるという論理だった.変な論理.

それはさておき少し考えたんだけど、わたしは9条オタクにはなれませんわ.

なぜか?

太平洋戦争はどうして発生したか? それは3つの理由だ.
1)経済発展モデルが、当時は植民地経営しかなかった.
2)アメリカも中国を植民地にしたかったので、石油の禁輸で日本を挑発した.
3)日本は国家的意志決定ができず、部分最適ばかりしてたので、アメリカの挑発に乗ってしまった.マスコミも翼賛報道した.

1,2,3は現代では解消されたか?

1)植民地は戦勝国の談合で解消された.替わりに日本の高度成長が経済発展モデルになった.
2)アメリカは中東で挑発と戦争を今でもやっている.日本は、凶暴なアメリカと同盟することでリスクを帳消しにした.かつ、9条を利用して、アメリカの戦争に直接参加せずに済むようにした.
3)日本の部分最適性もマスコミの翼賛性も70年前とほぼ同じだ.そこで官僚は、日本人が自己決定しなくて済むように、アメリカ追従という安全装置を守護している.

この汚濁が現代日本のフレームワークだ.

だから9条は、左翼が嫌う現代日本のフレームワークの一部分である.

だから9条の会は、
左翼が嫌う現代日本のフレームワークをチャチャッと無視して、
左翼が好む9条だけをつまみ食い的に嗜好している.

わたしは、方程式が複雑すぎて9条を好きも嫌いも簡単に決められません.

2011年10月16日日曜日

失業した理由シリーズ012 神戸2

多くの転勤を経験した人でも、神戸(三宮近辺のことだろうが)にならまた住んでもいいと言うらしい.わたしもそう思う.

横浜の汚濁部分を除洗して、六甲山を配置して港要素と山要素を調和させたところに、銀座の飲食業フレーバーと渋谷公園通りフレーバーで味付けした街というのがわたしの神戸のイメージだ.(秋葉原や浅草フレーバーは含まない)

毎冬に東京駅のそばでミレナリオというLEDキラキライベントをやるけど、あれって神戸のルミナリエのパクリなんだよなぁ.......  同じ主催者が一粒で二度やってるのかしら?

しかし神戸市は広い.私が住んでいたのは、三宮やハーバーランドのようなバリバリ観光地な神戸とは違って、神戸市営地下鉄の伊川谷駅(いかわだに)の近くで、クルマがないとかなり不便な土地だった.地下鉄が通る以前はイノシシが出没するような山だったらしい.

その地下鉄の2駅目は、あの酒鬼薔薇事件の現場で、あの校門とかタンク山もみてまわった.加害者が吾妻クンだというのはジモピーには有名な話で、少年Aというのは実はあながち仮名でもなかったりしたのである.

伊川谷ともなると三宮よりも明石市に近く、明石の魚市場にはしょっちゅう出かけた.
・今やだんだん高級魚化しつつある「サバ」は平坂的には魚の王様である.血の味がするんだ.
・関東ではあまり食べないが高級魚とされる「はも」もシーズンにはたくさん並ぶ.「はも」は冗談でしょっていうくらい小骨が多い魚なのであらかじめ骨切りしてから売られる.わたしは唐揚げでガツガツ食った.
・明石海峡は「タコ」が名産で、ちっちゃい「イイダコ」を唐揚げにするとこれがまたウマーなんだ.居酒屋へ行くとタコの唐揚げを頼んでしまうのはこの時に身についた習性だ.たいていがっかりするんだけどね.
・刺身というと関東ではマグロかカツオのような赤身魚が主流だが、関西だとタイやヒラメなどの白身魚が主体であってマグロへの執着はほとんどない.
・「シャコ」は旨いんだけど、茹であげたときの派手な色彩が毛虫嫌いのわたしの心の琴線を逆なでするので触るのが怖くてほとんど食べれなかった.無念じゃ.

一時的に別居していた奥さんは、私とは半年遅れで私と違って円満退社し、神戸に来ていた.

たまに東京に戻って秋葉原に出かける時の気分の高揚感は大阪の日本橋では味わうべくもなかったし、HPでの仕事の穏やかさはソニーのスリルとは異質であったものの、有馬温泉に泊まったり、姫路城を見学したりと、関西ライフを満喫する生活を送っていたのである.

そんな1998年の年明け、eメールをチェックしていると、かつてのソニーの研究所の人からメールが入っていた.

そのメールには「ソニーに戻ってこない?」と書かれていた.あれれ?

--続く--       つぎへ        前へ

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2011年10月15日土曜日

失業した理由シリーズ011 神戸1

新就職先は日本ヒューレットパッカードの神戸にある測定器事業部.1996年7月1日なので、震災から1年半後だ.給料はソニーマグネスケールのときの1.5倍になった.

神戸HPでの仕事はHDDのヘッドの測定器開発だった.ヘリカルスキャンではないがここでもまた磁気記録のお仕事.

神戸HPのエンジニアがHDDの技術を質問するために、イギリスHPのクリスという人とテレコンしていたことがあり、少々ビビッた.なにせソニーでのDDS開発の時、共同開発社かつコンペチターであったイギリスHPのエンジニア責任者がそのクリスだったのである.しかも、転職活動してたときにイギリスHPに履歴書を送って新宿のハイアットで外人と面接したこともあったのだ.外国に行くのが嫌なので断ったけど.バレなくてよかったわw.

HPはフェアで紳士的な社風だった.官僚的とは違う.どんな仕事でも、あなたの仕事は会社にとって必要な仕事です.会社はあなたを必要としており、フェアに処遇します.あなたはそれに応えられますか? みたいなストーリーを社員が共有しているという雰囲気だった.もちろん、社内での足の引っ張り合いなんか感じられない.

足の引っ張り合いなんかしょっちゅうあるソニーとは全然違う社風だった.世間一般のソニーのイメージは、都会的でドライなイメージだろうけど、実際はそんなことはなくて、喧嘩上等な社風なのである.まぁそういう不効率が許されるだけの利益をあげていたからにすぎないとも言えようが.

その反面、HPでの生活は、ソニーの研究所で味わったような崖っぷちの技術開発は望むべくもなく、落ち着いた生活だがスリルのない生活であった.それは社風のためだけではなく、測定器という商品の特性にもよると思う.測定器は電気回路とファームウエアだけなので、100%動作することが論理的に保証されている装置である.一方ヘリカルスキャンは、1%ぐらいのデータ欠損ありきで論理的動作保証のない装置である.ドロドロ度が全然ちがう.

回路設計では、1GHzぐらいまでの広帯域アンプやECL回路やピコ秒オーダーの時間測定など、速い回路をディスクリートで組むのはとてもおもしろかった.プリント基板のマイクロストリップラインを信号が光速の半分ぐらいで伝搬する様もオシロで観測できるのである.終端なんかしたって10%ぐらいは反射して戻ってくるし......     ちなみにPCのマザーボードのバス配線でも同じ周波数領域で同じ物理現象が起きているわけだが、今日ではIntelの設計ガイドラインに従ってプリント基板を設計すれば誰でも設計できちゃうんだから欧米人のシステム造り能力はエライと思う.(TDRで検証するぐらいはするのだろうが)

スペアナが信号レベルを測定する原理は、ダイオードのあの指数関数特性でどうやってリニアに検波するのだろうというのがそれまでの私の疑問だった.答えは、AD変換した検波信号を逆関数テーブルを使ってリニアに戻すのである.温度特性は恒温槽で解決.経時変化は校正サービスで解決.それだけかよと絶句するベタな手法である.

技術部にはアナログ回路の神様とあがめられる人がいたが、その神様のレベルに比べるとわたしのレベルはあまりにも低すぎて、神様の脳内風景を多少なりとも垣間見ることすらわたしにはできなかった.GHzオーダーのVCOともなると、配線パターンでコイルが形成されるので、どんな回路なのか全然わからない.そんな回路の位相ノイズ発生メカニズムなどというハイブローな技術論なんかとてもじゃないがわからないと.そんなところだった.

--続く--      つぎへ         前へ

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2011年10月14日金曜日

失業した理由シリーズ010 ヘリカルスキャンはおもしろかった (西へ...)

ソニーの研究所で楽しい日々を過ごしていた私だったが、ソニーマグネスケールが伊勢原へ戻ってこいとうるさくなってきた.

ソニーの研究所の仕事はおもしろいけれど、伊勢原へ戻れと言われるのがうざったいし、第一ソニーマグネスケールの給料が安いのも不満だったので、今度は本当に辞めることにした.

研究所への出向解除日が6月30日だったので、6月30日付けでソニーマグネスケールを辞めた.どうせ伊勢原へ戻ったって、報復人事で総務付きか品管へ配属されて日干しにされると予想されたからだ.それと、ソニーXXX研究所出向という最終学歴で卒業した方が履歴書の見栄えが少しはマシだろうと思われたし、伊勢原に戻る気はゼロという意趣返しでもあった.

結局、ソニーマグネスケールには、22歳から31歳まで9年ちょっと在籍した.最初の3年はまともに働き、4~5年目は働いていたけど虚ろで、6~9年目は研究所でおもしろかったが伊勢原との軋轢がうっとうしかった.

辞めたあとどうしていたかというと、「花火師の修行をする」などと嘯いて同僚や友人には行方をくらましていた.居場所は奥さんと両親にしか告げなかった.金融機関で働いていた奥さんとはしばらく別居した.実際すでに関東にはいなかったのである.関西で就職していたのである.

行方をくらましていたのは、新就職先にソニーマグネスケールの人事から横槍が入ることを警戒してのことだ.3ヶ月間の試傭期間中にクビになったら履歴に傷がついてしまう.もちろん私は懲戒されるようなことはしでかしていないが、辞めた奴を追いかけて刺すぐらいのことはしかねないっていうぐらい、ソニーマグネスケールの人事には不信感を募らせていた.(後日この懸念には少々直面することになったのだ)

他にもダークサイドな話はいろいろあるんだけどねぇ.ネットワークビジネスな奴、新興宗教な奴、お布施の借金が返済できず自殺しかかった奴、心理学セミナーな奴、懲戒食らいそうになって依願退職した奴、、、、、ハチャメチャでした.でもここに書くのは自粛、自粛、、、、、

で、新就職先は日本ヒューレットパッカード.神戸にある測定器の事業部で、HPのネットワークアナライザとかLCRメーターを開発製造していた.震災後まだ1年ちょいの神戸は、インフラは完全に復旧していたものの、壁のひびが未補修な建物はザラだったし、焼けた長田区はそのままだった.ともあれ神戸はいいところだった.というか関西はどこに行っても食い物がうまくてよかった.明石の魚市場には足繁く通ったし、竣工間もない明石大橋を渡って瀬戸内海を車で一周したのも楽しかった.

風の噂ではソニーの研究所で開発した商品は売れ行き順調らしかった.

--続く--     つぎへ         前へ

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2011年10月13日木曜日

心霊体験シリーズ002 老舗旅館になんぞ泊まらんでも

どこまで続くか?心霊体験シリーズ.....

まだ私がガンガン働いていた頃、午前様になるまで残業することはよくあった.そんな酔狂な働き方をする者は他にいないので、深夜のフロアにいるのはいつも私一人だ.

その職場の床はリノリウムのつるつるした床材で、事務椅子を動かすと「キュルキュル」と音を立てる.金属製の机は引き出しを閉じると「バタン」という音を立てる.

時刻は午前0時を回ったころ、”それ”はしばしば訪れた.

作業台にいる私から20mぐらい離れたところの事務机エリアから、「キュルキュル」「バタン」と人の気配、いや疑いなく明瞭な活動音がする.

最終退出者の私が、まだフロアに残っている人を閉じ込めてしまっては大変なので、誰かいるなら知ってなくちゃいけない.物音がした方向へ「誰かいますかー?」と呼びかけるものの返答はない.相変わらずフロアにいるのは私一人だ.

「やれやれ、またか、、、」

いつどおりその日2度目以降の”それ”には馬鹿馬鹿しいのでシカトを決め込んで仕事をつづける.

はたして”それ”の正体は?

座敷童に出会うと幸運になると謂われる.幸運を得たいために老舗旅館に宿泊する者も多いと聞く.だがそこまでせんでも何度も”それ”に出会っているのが私だ.

”それ”が座敷童だったとすると、私は何度も幸運に見舞われてお腹いっぱいになっているはずだが、果たして全然そうとは思えん.この現状が度重なる幸運の結果なのだとするならば、交通事故で死ぬべきだった運命が延命されたなどと、大凶から小吉へ昇格することで浪費されてしまったのだろうか?

う~んんん、なんとはなしにfuckだなぁ.

--続く--

2011年10月12日水曜日

久方ぶりのプリント基板製作はスライムと555

プリント基板をつくった.すごい久しぶりだ.数年ぶりだ.

製作方法は、いまホビーエレクトロニクス業界で流行の、レーザープリンタ&アイロン転写方式をトライしてみた.

機材は定番の組み合わせ.
  レーザープリンタ=LBP3000  (キャノン)
  プリンタ用紙=画彩   (フジ写真のぶどうの紙)

プリンタ用紙は、いろいろ試したが、最終的にぶどうの紙に落ち着いた.主に試みたのは、用紙にPVCの剥離剤を塗布する方法だったが、うまくいかなかった.
  △ぶどうの紙  →  トナーの乗りはよいが、剥離性が悪い
  ×PPC用紙    →  トナーの乗りが悪いが、剥離性はよい
  ×PVCの剥離剤を塗布したPPC用紙       →  水分で皺になるのでだめ
  ×PVCの剥離剤を塗布したぶどうの紙     →  水分で皺になるのでだめ
  ×PVCの剥離剤を塗布したOHPシード     →  微妙な凹凸でダメ
  ×PVC塗布の凹凸を抑制するためにアクリル板で平滑化    →    微妙な凹凸でダメ

ところで、なんでPVCの剥離剤なんかを持っていたのかというと、それは単なる洗濯ノリなのである.といっても、洗濯ノリのために買ったのではなく.スライムを作るためだった.調子にのって500mlものスライムつくったものの、すぐに飽きて部屋に放置しておいたら、いつのまにか子供とその友人がそれをちぎっては投げちぎっては投げして部屋が壁も床もスライムまみれになったというおぞましい事件があった.みなさんもスライムの放置には注意されるとよいでしょう.
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/9446/neba.html

で、何のためのプリント基板だったのかというと、これだ.中央線のプラレールにライトをつけてくれというかったるい要求に応えたのであった.白色LEDは電池一本じゃ点灯しないから電圧アップ回路が必要なのでね.最初の3つは空中配線で作ったんだけど、もっと作れと子供がうるさいので、レーザープリンタ&アイロン転写方式の試しがてらプリント基板を作ったのである.

回路はこれなんだけど、ここでタイマーICの555への苦情を書いておきたい.
このICは30年以上前からある定番ICなんだけど、どういうわけか、ピン配置が最悪なのである.
どんな応用回路作るにしても、2ピンと6ピンをつなぐとか、4ピンと8ピンをつなぐとか、配線に苦労するようなゲロゲロなピン配置なのだ.だから555をつかう電気工作は昔から嫌いなのだ.これを決めたのは、どこの会社の人だったのかな?  テキサス?フェアチャイルド?モトローラ? そいつには心からfuckと言ってあげたい.

2011年10月11日火曜日

失業した理由シリーズ009 ヘリカルスキャンはおもしろかった (碇シンジのSDAT)

エバンゲリオンには、碇シンジが自分の殻に閉じこもるシーンを象徴するツールとしてSDAT walkmanが出てくる.このSDAT walkmanは現実には存在しない.なぜなら、ソニーが出したRDAT walkmanのパロディだからだ.このことは45歳ぐらいより年長の人しか知らないだろうな.

SDATとRDATとは、ソニー内で1980年代の最初の頃に技術主導権争いをしてたときの呼称である.技術が全然違うのである.SDATのSは、Stableの略だと思うが、つまり固定ヘッドの意味.RDATのRは、Rotaryの略で、ヘッドがグルグル回るヘリカルスキャンの意味.ソニーではRDATを商品化することになり、Rの文字をなくしてDATとして発売した.DAT walkmanも発売された.そのDAT walkmanこそが、シンジ君が持っているSDAT walkmanのデザインそのものなのである.リバースのカシャカシャ音も実機を録音した音なのかもしれない.

ちなみにSDATは後にPhilips社によってDCCという製品として発売された.ソニーはMDでこれを迎撃した.

不幸なことに、DATは技術的に注目されたものの、CDからデジタルコピーできてしまうとレコード会社から非難されたのが妨げになり、普及できなかった.

その一方で、当時は700MBもの大容量のデジタル記録装置はコンピュータ屋にとってはとても魅力的で、DATを応用したコンピュータ向けのストレージ機器が売れていたのである.DDSと呼ばれていた.記憶容量4GBのDDS2が発売されていて、次の世代である記憶容量12GBのDDS3を開発するのが研究所での私の仕事になった.カセットはDATのカセットだけど、中身のテープは異なっていて、ロゴもDDS-3となっている.いまでも秋葉のメディア屋に行くと売っている.

新フォーマットを世に出す仕事は大いにやりがいがあった.私の担当分野では、ビタビデコーダとアダプティブイコライザという新技術をコンスーマ機器に採用した最初の事例になれたと思う.(今はあたりまえの技術だが)     この場面でラッキーだったのは、同期回路って何ですか?的なロジック設計素人がいきなりverilogでLSI設計をやらせてもらえたこと.記録再生回路の基盤技術が、アナログ回路から、デジタル信号処理への移行期だったので、この分野には玄人がいなかったのだ.だから私のような素人の出番があったのである.

よい組織に所属していると、楽しい仕事が落ちてくるもんである.

しかし、そんな楽しい日々は長くは続かなかった.わたしは元々ソニーマグネスケールを辞めたいとゴネた男である.そんな奴を何年も放し飼いにしておくのはけしからんとソニーマグネスケールの人事が動き出したようで、伊勢原に戻ってこいとだんだんうるさくなってきた.折悪しく、DDS3の開発も完了する時期になり、わたしは身の振りを考えなければならなくなってきた.

--続く--     つぎへ        前へ

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2011年10月10日月曜日

失業した理由シリーズ008 ヘリカルスキャンはおもしろかった

私のキャリアは、ヘリカルスキャンの設計ができるところに就職し、23年後にヘリカルスキャンの開発が地球上から無くなったので失業した、ともいえる.

前回の「ヘリカルスキャンはおもしろかった」で書いたのは、最初の3年間はビデオ技術の勉強ができたからおもしろかったけど、勉強し終わった時にサービス業務ばっかりで嫌気がさしたというところまでだった.その続き.

ソニーマグネスケールではやりたいことがなくなったので、上司に辞めますと言ったら、ソニーのとある研究所に出向させてやるということになった.そこは、CDとかDATを開発しMDを開発中なところでそりゃぁおもしろそうなわけで、受諾した.

で、またヘリカルスキャンをつづけることに.DATの応用商品を開発する部隊に所属した.

その研究所に4年間出向した.ここで、本当の技術開発とはどんなものかを体験した.(H部長ありがとうございました!)

ソニーマグネスケールでは、やればいいのはわかっているけどここじゃぁできない論ばっかりしてたので、その研究所の「必要な技術はつくればいい」的な行動原理を見て、自家中毒的に技術的発想をシュリンクさせていた自分に気づいたときには愕然とした.自分としてはオープンスタンスでいたつもりだったんだけれど、人間って悪い環境に置かれるとこうゆうふうにバカになってゆくのかぁとそのときわかった.自分自身で精神活動にキャップをはめてしまうのだ.やばいやばい.

研究所ではすべてが有意義だったが、とりわけLSI設計はホントのホントに楽しかった.

それまでの私はプリント基板設計しかやったことがなかった.プリント基板設計には部品の価格・サイズ・配置・発注・棚卸しなどなど制約がとても多い.アーキテクチャを考えている時だけは楽しいけれど、実際のプリント基板設計は生みの苦しみばかりである.

しかしLSI設計は違った.思うままに自由に回路をインプリできるんだもんなぁ.制約ばっかりだったプリント基板設計から、制約の一切ない世界へデビュー.もはや、アーキテクチャはLSIの中にしかなくて、シコシコとプリント基板を設計している場合じゃないという印象だった.

LSI設計でもうひとつ重要なことに気づいたのは、入社以来私が好んで関わっていた磁気記録再生回路の基盤技術が、それまではアナログ回路オンリーだったんだけれど、デジタル信号処理で画期的な性能アップを図れる時が来つつあるということだった.その後10年以上このテーマを追求することとなる.

--続く--      つぎへ         前へ

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2011年10月9日日曜日

仮面ライダーフォーゼのラストを予想する

仮面ライダーフォーゼがはじまりました.今朝の放送でたしか第6話.フォーゼさんはねずみ男っぽくなっちゃいました.ロケットがデザインモチーフなのだろうなあ.

平成ライダーは全般的に暗いストーリが多いらしいです.こないだまで放映していた仮面ライダーオーズも暗めな話でした.

フォーゼは打って変わって、学園アニメ的な脚本で赤い目の男が何かの黒幕だねってことはわかるんだけど、それ以外はなにやってるんだか全然わかんないです.全13話構成のオタクアニメであれば、第1話でどういう企画なのかわかるんですが、フォーゼはわからんのでとまどっています.

全52話なので展開はスローペースなのでしょうが、学園内の人物相関は意外にも裏がなくて、すでに説明されちゃったかんじです.

●アメフト部の部長さんが黒幕的な役なのかと思ったけど、怪人に襲われて慌てふためいたりして、全然黒幕っぽくなさそう.

●フォーゼの後方支援する二人も悪意はない人達のようです.彼女はあんな危険な場面でニコニコしている度胸はすごいです.

●チアガールの人は仮面ライダー部に入って仲良しになってしまいました.彼女はきれいでいいかんじですね.高校生には見えませんけど.子供の頃もちゃんとかわいいです.

●腐女子さんも仲良しになりそう.

●チャラ男クンはワルそうですけど、ただのヤンキーの兄ちゃん?

というわけで人物設定は第5話までで赤い目の男以外はすでに説明が終わっちゃったようにみえます.

フォーゼは宇宙に進出する初のライダーだというのがウリですけど、地上戦闘シーンを撮影するよりもCGで宇宙戦闘を描くほうが低コストで済むっていうのはアニメでおなじみの事情ですね.カッコイイ見せ方を期待します.フォーゼは全52話と長いので、宇宙に進出する過程を徐々に描くことで世界観を説明してゆくストーリー構成にするのかと予想していたんですけど、なんと第2話でさっさと宇宙進出してしまいました.速すぎる展開だなぁ.

というわけで、赤い目の男以外の設定はあっけらかんと説明済みっぽいフォーゼは今後どう展開するのか???

それはとある筋ではこのように予想されているんです.(ただしソースは俺)

「裏コードビースト」で獣化第二形態に変身したフォーゼは、暴走する身体を抑えきれずに巨大化し、空っぽのガフの部屋に人々の魂を吸収する依代になり、みんなと友達になるため学園の全員を補完して、僕はここにいていいんだ.パチパチパチ.とわかりあって少年は神話になる.

2011年10月8日土曜日

失業した理由シリーズ005 輸出製造業は自由貿易の夢を見るか?

前回は、輸出製造業の不景気の原因は何かという始まりだったが、途中から話が脱線して、日本の工場を閉鎖して中国へ工場を移してもコストダウン効果が12%ぐらいしかないのだという世知辛さを解説した.

その続き.

日本国内工場を稼働させてる日本企業の円高抵抗力は1ドル=¥100ぐらいが限界だと思う.

その企業が、日本の工場を中国へ全部移したら15%のコストダウン効果を得られたと仮定しよう.すると、その日本企業の円高抵抗力は1ドル=¥85ぐらいが限界だと計算される.

で、今の為替はいくらかというと、1ドル=¥75ですよね? ¥75なんかで利益なんか出るわけがない.ぜんぜん無理すぎる.赤字しかあり得ません.

で、¥75の円高を受諾せざるをえない企業はどうするか?

国内製造打ち切りの次の手は、国内設計の打ち切りなのだ!


つまり、日本の設計拠点をつぶして、中国やインドにオフショアするわけ.

それまでエンジニアだった日本人は何をするかというと、在中国OEM企業への仕様つくり・品質管理・品質監査・資材屋として価格交渉、あるいは在インドソフトウエア下請け企業の進捗管理、などに職替えするわけです. (円高の防衛策としては仕方ないことですが、10年も経たずに技術力は消滅するでしょう)

ソニーでわたしの身に降りかかってきたこともそれと同じ.

わたしは、設計を廃業する気がなかったから、迷わず辞めた.

受諾できた人と、受諾できなかったわたしとの違いはなんなのか?

あぅ~、話題が自由貿易からどんどん離れてゆくー

--続く--     つぎへ        前へ

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失業した理由シリーズ006 輸出製造業は自由貿易の夢を見るか?

設計を打ち切るので、資材や品質保証に職替えしてくれといわれてもその気がないのでわたしは辞めた.素直に職替えできた人とわたしは何が違ったのか?

それは、エグゼクティブごっこを楽しめる性格かどうかで決まると思う.

エグゼクティブごっことは、接待ゴルフ、取引先に招かれる高級レストランやキャバクラ、海外高級ホテル、ビジネスクラスのフライト、そんな社用体験のことだ.

実はこれらはかなり楽しい.だって自腹じゃほとんどできない体験だから.

だが、技術オタクのわたしの場合は、社用エグゼクティブ体験よりも技術開発の方が楽しい.自分が編み出した特許をコアとする商品企画を、数10名のエンジニアと10億円の費用をかけて商品化する過程に参加するのはチャラい社用体験なんかよりもはるかに興奮の度合いが高い.

そういう興奮を一生体験する算段の無い者にとっては、暗くエンジニアやってるよりも、資材や品証でよりパワーアップしたエグゼクティブごっこができるならそんなに悪くないよね、と判断をするのは自然な流れなのだろう.これが、エグゼクティブごっこで楽しめる性格ということだ.

ちなみに、海外駐在経験者は、例外なく、エグゼクティブごっこの流れに乗れる.

日本企業の海外事務所はしょせんローカルオフィス.ローカルオフィスの仕事は日本からコントールされるがままの雑用だ.でも海外生活というエグゼクティブごっこを享受できているから満足だ、というのが海外駐在者のベースラインだ.そういう者はエグゼクティブごっこ受け入れ体制ができている.


次回は自由貿易の話に戻るとしよう.

--続く--    つぎへ         前へ

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失業した理由シリーズ007 輸出製造業は自由貿易の夢を見るか?

話が大きく脱線してしまったが、ようやく輸出製造業の不景気の原因分析に戻る.

中国や韓国の追い上げがきついから輸出製造業が不景気なのだという話はとりあえず正しいが50点の回答である.

いまのところ中国も韓国も製造技術だけの国だ.彼らの製造技術は日本が輸出したものだ.彼らの製造設備は日本が輸出したものだ.真相は、中国や韓国が追い上げてきたのではない.日本企業が中国や韓国に製造技術を移転せざるを得なかったことこそが真相だ.

そして、日本企業が中国や韓国に製造技術を移転せざるを得なかった理由は「円高」である.円高にあぶり出されるようにして日本企業が中国に出て行った.前回、前々回で書いたのはその様子だった.あるいは、リストラされた日本人エンジニアが韓国企業に雇われて技術流出した.

円高の原因について考えてみよう.

-----日本は資源の乏しい国だから、貿易立国しなければならない.そのためには、自由貿易を否定することは許されない.事実、アメリカは自由貿易の名の下に日本製品や中国製品を気前よく買ってくれた.そのおかげでアジアは経済発展することが可能だった-----    これは一般的な見方だろう.

しかし、わたしはこの見方が貿易の半分しか見えておらず、通念にダマされていると思う.

貿易では物流の反作用として通貨決済が生ずる.今日の世界情勢は、この通貨決済について、すごくおかしな事態になっていることにお気づきだろうか? それは、自由貿易が不可侵の国際通念になっているのに、通貨決済はアンフェアなまま放置されていて、とりわけ円だけが不利な情勢に追い込まれているということだ.

通貨決済がアンフェアだとはどういうことか?

現在の地球上に、自由に取引できる通貨は、ドル、ユーロ、円の3つしかない.
新興著しい人民元やルーブルがあるじゃないかって? それは甘い.
人民元もルーブルもウォンもみんなドルに連動しているので、ドル安円高局面では、人民元もルーブルもウォンもみんな連れ安してゆくのである.つまり、日本の競争相手である中国も韓国もその通貨の実態はドルなのである.

リーマンショックによる金融危機でドルが、ギリシャのデフォルト危機でユーロが、通貨安競争に明け暮れている現在、円を除く全ての通貨が減価競争状態になっている.そのため円だけが独歩高になっている.このように通貨決済がアンフェアな状況で自由貿易もクソもないだろう.そのアンフェア=円高のせいで製造も設計も日本国内に維持できなくなっているのだ.

アジア諸国の中では歴史が100年進んでいたから今までの日本は幸福だった.ゆえに現在の日本が不幸をかこつのは仕方がないなどと、日銀あたりは考えていそうだが、そんなの知ったことか!?

だから、日本は、こう主張するべきなのだ.
「自由貿易だけでは困る.通貨も自由化してくれ.通貨の自由化とは、メジャープレイヤーとなりつつある新興国がみなそろって変動相場制へ移行することだ.」

また、日本の輸出製造業は、先の見えない円高の先に何を期するべきかというと、
「世界の通貨が多極化し、円が5番目ぐらいのちっぽけな通貨に格下げされ、それにつれて1ドル=¥150ぐらいのローカル通貨に成り果てた時代の到来を待つ.それまでは、空洞化もやむを得ない.我慢するしかない」

まぁ、中国も韓国もロシアも変動相場制に移行したら投機筋に通貨高を演出され、日本が味わっているのと同じ塗炭の苦しみが待ち受けていると知っているので、そう簡単には変動相場制に移行したがらないだろう.

となると、新興国がもうドル連動する気がなくなる状況が早く訪れるように努力するのが日本の正しい戦略になるだろう.

どうするか?

気分はもう戦争的な手口としては、手持ちの米国債を売りまくって、ドルを暴落させてしまえばよい.1ドル=¥20になって世界経済は大混乱し、輸出製造業もバタバタと倒産するだろうが、どうせ黙っていても死ぬのである.ドルが破綻し、ついでに円も破綻した後に、人民元やルーブルやウォンが変動相場制に移行し、存在が軽くなった円が下落した時、ようやく日本の輸出製造業は満足に呼吸できる時代を迎えられる.

緩やかな手口としてはどんなのがあるのか、わたしには判らない(SDR?、トービン税?).  がっ、いずれにせよ、新興国のドル離れを促進することが日本の戦略であろう.円高であるかぎり日本輸出製造業の将来はない.

----輸出製造業は自由貿易の夢を見るか?はこれにておしまい----     つぎへ       前へ

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失業した理由シリーズ004 輸出製造業は自由貿易の夢を見るか?

私が失業した遠因は、輸出製造業の不景気なのだが、では輸出製造業の不景気の原因は何だったのか?

私は、原因は全く単純に「円高」につきると思っている.

バブル崩壊は輸出製造業不振の原因とは考えられない.もとより国内市場をあまり相手にしていない輸出製造業にとって、バブル崩壊による国内市場の縮小はさしたるダメージではなかったからだ.

中国や韓国との製造賃金競争が原因だとする説は、間違いではないが50点といったところだ.

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話は脱線するが、ここで中国に生産工場を移す企業のソロバン勘定がどんなものなのかを説明しておこう.

中国人の工員さんの月給は2~3万円である.これだけで、日本人の工員さんの月給の10分の一であることがわかるだろう.

もうすこし詳しく理解するために、日本生産と中国生産で製品の原価をどれだけ下げられるかを説明する.工場では原価計算に賃率という数値を使う.賃率とは、工員一人を一分間働かせるといくら金がかかるかという数値である.賃率には給料の他に土地代や光熱費も含んでいる.日本の工場では、賃率は¥50である.これが中国の工場では、賃率が¥5である.中国に工場を移すメリットはこの差につきる.

ある製品を一台生産するのに部品代が2万円かかるとする.部品代は究極的には石油や金属原料価格に帰着するので、日本で調達しても中国で調達しても部品代は実はあまり変わらない.輸送費も電気代もあまり日本と変わらない.

ところが、その製品を1台生産するのに、のべ作業時間が60分かかるとしよう.日本で生産すると、賃率が¥50/分なので、製造手間賃が¥3000かかる.中国で生産すると¥300で済む.したがって、ある製品を日本生産から中国生産へ移すと、製品原価¥23000(made in Japan)が¥20300(made in China)へと約12%下げられるというソロバン勘定である.

たった12%ってどういうこと? 10分の一じゃないの? と思われるかもしれないが、日本製造業空洞化を推し進めた企業が得る成果はたったこれっぽっちなのである.日本の地方の工場で働いていたお父さんお母さんにリストラの辛い思いをさせても、企業が得られるコストダウン効果はこんなもんなのだ.

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話が脱線しすぎたので、今回はこのままふぇーどあうとしますー

--続く--     つぎへ         前へ

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2011年10月7日金曜日

失業した理由シリーズ003 ヘリカルスキャンはおもしろかった

趣味はアニメを観るのと電気回路設計、そしてビデオデッキを「神の機械」とあがめるわたしにとって、ビデオデッキの設計をしたいと思うのは自然な成り行きであった.

大学ではちっとも勉強せず麻雀ばかり打っていて成績の悪いわたしのような学生には、今日の経済情勢では就職先なんかあるわけがないが、1987年当時の電気工学卒は金の卵扱いであって、二流か三流企業ぐらいなら就職できた甘い世の中だった.実家が伊勢原なので、近所がよいと思い、伊勢原の工業団地のなかにあるソニーマグネスケールという会社に就職した.

社名が示すとおりソニーの子会社で、工作機械に外付けして精密な測長をする装置が主力商品の社員数500名ぐらいの会社だった.たまたま、業務用ビデオ機器の開発製造もやっていたのでそこに潜り込みたいと思ったのである.つまらなかったら転職すればいいさと思っていたので、会社の規模にはこだわらなかった.

当時の業務用ビデオ市場の状況はというと、
ソニーが高収益を謳歌していた商品の一つに、放送局用ビデオ機器があった.1インチ幅テープの巨大なオープンリールがブン回って極めて高画質のビデオを録再するBVHシリーズ.βmaxのカセットだがβmaxよりはるかに高画質なビデオカメラであるベタカムシリーズなどが有名どころだった.
そういった放送局向けの超高価なビデオ機器とは別に、松下やJVCの業務用VHSビデオデッキの需要がたくさんあった.あのころは映画ビデオもアダルトビデオも出せば売れる時代だったので、右肩上がりのセルビデオ需要を満たすために何百台ものビデオデッキを並べてダビングする業者が世界中にあったのである.業務用VHSビデオデッキとはそんなダビング業者向けの機械であった.

ビデオダビング市場向けに、ソニーマグネスケールで製造販売していたのは、磁界転写方式という特殊な技術をつかって、たった1台で業務用VHSビデオデッキ200台分ぐらいの高速ダビングをする機械だった.だが、研究所のアウトプットをそのまま商品として販売するという無茶なことをやったために、トラブルが多く、期待ほどは売れてなかった.そもそも研究所のアウトプットごときを売ってはいけないのである.研究所は市場が求める性能を実現するために仕事をする機関ではないので、業務用機器として長期間運用するために必要なサービス性に着眼した設計なんかしない.レースカーを市販できないのと同じ理屈だ.事業部が市場にマッチした製品に作り替えてから販売しなければならない.  (この時の研究所の人とは今でもつきあいがある)

そういうところへ私が入社し、画質改善とかクレーム対応とかサービスとかいろいろとやった.最初の3年間はいろいろと勉強できて、わりと満足な生活だった.

ビデオ技術とは、電気+精密メカ+サーボ+ソフトウエア=メカトロ技術の集大成であって、しかも絵も音も出る.こんなにおもしろい教材は他に考えられなかった.また、幸運な時代だったのは、この当時の技術水準が新人の教材として最適だったのである.担当していた商品は、BVH-2000という業務用1インチビデオを改造した機械で、CPUは8085という8bitマイコンでシーケンサ程度の働きだけだった.今日ではソフトウエアサーボになっているサーボは全て回路で実装されていたし、ビデオ回路も音声回路もIC化されてなくディスクリートパーツで作られていた.なので、回路とソフトは隅々までしゃぶり尽くすようにして理解できた.私はラッキーだったと思う.

これが現在の技術だとすべてがsystem LSI化されてしまうので、LSI設計者にしかアーキテクチャの妙味は理解できなくなっている.しかしLSI設計者になるには膨大な知識が必要とされる.新人が俯瞰的知識を習得しにくい時代となってしまった.

やがて、4年目~5年目あたりになると、あまりにもサービス業務や製造技術業務が多くて、開発業務が少なくて、いい加減嫌気がさして来た.ここで、最前線で鉄砲撃つ気はないぞ、後方でミサイル開発する気しかないぞ、という元来のタカビーポリシーがズンズンと頭をもたげてきたのである.

--続く--    つぎへ         前へ

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2011年10月6日木曜日

心霊体験シリーズ001 火山弾の霊

心霊体験シリーズはあまり持続力がないと思われます.すぐにネタ切れになりそうです.

2006年に、北海道の洞爺湖温泉へ観光に行きました.昭和新山のすぐそばにあるので、活火山のお膝元にある温泉街です.温泉街のすぐ近くで火山噴火が起きて一時騒然となったことがあります.

右の写真は、噴火でできた窪地です.私が立っているのは元々はまっすぐな舗装道路があった場所と思われますが、噴火によってごらんのとおり、道は湖に水没し、対岸にひん曲がった舗装路の坂道ができています.大変動後の世界のようで、SFチックでした.丘の向こうの白煙は、まだ小規模ながら火山活動があることをうかがわせます.

 下が問題の写真です、噴火のダメージで放棄された土地に分け入って撮った写真ですが、赤丸の中に意味のわからないものが写っています.赤丸の中を拡大すると、噴火の止んだ今は飛んでいるはずのない火山弾と見える物体が右から左へブレながら飛んでいるように見えます.どうみても鳥には見えません.これはいったい何なんでしょうか???  火山弾の霊でしょうか???  こういう写真が撮れてしまうと困ってしまいます.
(火山弾の上部に白く何かが吹き出たようなものも写っていますが、これは遠くの雲ってことでしょうか?)

2011年10月5日水曜日

失業した理由シリーズ002 ヘリカルスキャンはおもしろかった

中学生のとき「未来少年コナン」のギガントを見て、アニメってこんな映像を作れるのか!?と驚いた.現在のCG映像に比べたらチャチだが、飛翔体の描き方については宮崎駿の右に出る者は洋の東西を問わずいない.カメラと対象物の相対ベクトルを画像化すると、飛翔体はしばしば後ろに飛ぶのだ.ラピュタのラストでパズーとシータが乗るグライダーが後ろに飛ぶシーンはその典型だが、ああいった空間描写を有意味なカットの連続体として構造化できる作家は他にいない. (板野一郎はかなり優れている)  (スカイクロラはカットの構造化に失敗した例だ)

コナン放映当時の1978年は、金持ちの家にはβmaxがあったけど、まだビデオデッキが一般に普及する前だった.βmaxはまだフロントローディングじゃなくて、上からガシャッと入れるタイプ.当然コナンをビデオに撮ってみる願いは叶わず、カセットに録音して音だけ聞いたり、TV画面を写真に撮ったりしていた.高校生になって、民放で16:00~再放送したときは、速攻で帰宅して伊勢原の東急の家電売り場でBパートだけ立ち見してた.

やがて、VHSが10万円台に落ちてきて、高校2年の後半だったと思うが、やっと親にビデオデッキを買ってもらった.TVを録画して何度でも観れるビデオデッキは、わたしにとってまさしく「神の機械」だった.

ビデオデッキのフタを開けると、毎秒30回転してTV画像を記録するドラムが見える.回転するドラムでテープに記録再生する方式をヘリカルスキャンと呼ぶ.このヘリカルスキャンこそが、46歳で失業するまで続く長いつきあいの始まりなのであった.

--続く--    つぎへ        前へ

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2011年10月4日火曜日

失業した理由シリーズ001

いくつかのテーマ別に連載形式でブログを綴りたいと思うのですが、ブログっていうのはスレッド化はできないものなんだろうか?

「失業した理由シリーズ」も連載したいテーマのひとつ.

退職というのは離婚みたいなもので、ある一つの理由で職を辞すわけではないと思います.
いろいろな理由が積み重なって、ある臨界点を超えたときに辞するのだと思います.

わたしの場合も様々な理由があって、若かりし頃の行動様式が歳を重ねるにつれて変化したり、居心地の良かった環境が容認できない環境に変化したりといろいろな理由がありました.それを書いてみようというのが「失業した理由シリーズ」です.

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わたしは22歳で東京都立大学というところの電気工学科を出て、新卒として就職して、その後31歳と33歳で2度転職して、46歳で失業しました.所属した会社は、ソニーマグネスケールというソニーの子会社 → 日本ヒューレットパッカード → ソニー と全て電機メーカーで電気回路設計の仕事をしてきました.

その間、一貫して、新卒の時から今でも変わらないタカビーな勤労ポリシーがあります.
それは、
●比喩的にいうと、前線で鉄砲を撃つ気はさらさらない.後方で新型ミサイルを開発する気しかない
●会社はわたしが活用するものであって、わたしがご奉仕するところではない
●わたしがやりたいことをやってそれが会社から評価される間だけがわたしが会社にいられる時間である

あぁ、まずいかな求職中の者がこうゆうことを実名で書くのは???  まぁよしとしてしまおう.

1980年代の日本の製造業は、世界一の実績と名声をほしいままにしていました.
そのおかげで業界全体が長期間の好景気を謳歌していて、電気エンジニアは売り手市場で、転職もかなり自由にできました.そういう労働市場だったので、タカビーな勤労ポリシーを隠し持っている人材であっても、わがままが通用しました.

ところが、バブル崩壊以降低下する一方の企業業績のおかげで、タカビーな勤労ポリシーを維持するのがだんだん難しくなってきました.名だたる企業がどんどん世知辛くなってゆく中でも、タカビーさをなんとか持続できた最後の砦だったんじゃないかと思うソニーですら、ついに、タカビーを維持できなくなった.それで、もはやソニーにいられる時間が終わってしまった.

これが、わたしが「失業した理由」の一つです.べつに最大の理由じゃないです.one of themです.

---続く---    つぎへ       前へ

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失業したので通学介助サービスが打ち切りになりました

子供が車いす生活なので、目黒区の通学介助サービスを利用しています.
通学介助サービスとは、障害者の移動の付き添いをボランティアの方に頼み、その方に支払うバイト代のうち9割を公費負担してくれるというサービスです.
わたしが先日まで職業訓練校に通っていたので、親が拘束されているので、失業中とはいえ通学介助を受けられたのですが、職業訓練校を卒業したため、ここで真正な失業者になってしまったので、目黒区から却下されたというわけです.
まぁ、就職活動で多忙でダメーッとゴネれば大目に見てくれるという説もあったのですが、大人の対応で、引き下がりました.しばらくは、そのボランティアの方にわたしが直接10割負担するつもりです.就職が決まったら、またサービスを復活していただく予定です.
致し方なし.....

ところで、その通学介助サービスには、介助中の事故に対する損害保険も目黒区が掛けてくださっているそうで、なんと手厚いサービスじゃ、と驚きました.

2011年10月2日日曜日

首都高3号線であわや事故に巻き込まれるところ

今日の午前11時ごろ、東名高速から首都高3号線へ入り、三軒茶屋付近での出来事.
車の密度は多いものの渋滞はしてなかった追い越し車線がにわかにスローダウンし、あれよあれよと思う間にストップしてしまいました.走行車線はかろうじて動いていましたが、そちらもまもなくストップ.
突然の渋滞の始まりです.
やがて前の方の車が左にウィンカーを出して走行車線がゆるゆると動き始めました.
すると、追い越し車線の20台ぐらい前方でハザード出して止まってる車がいます.
事故のようです.
私も走行車線に入れさせてもらい、20台前方で見た光景は、5台の乗用車が玉突き衝突して止まってました.事故ってから2~3分後の新鮮な事故現場を目撃!!!
いやはや、20台先を走っていたら私も事故に巻き込まれていたのでしょう.
き、きわどすぎる.

失業して9ヶ月間何をしてたか? --->住宅リフォーム科

2011年初から失業者なわけで9ヶ月経過しましたが、いままで何をしていたのか?

4月5日~9月26日まで職業訓練に通っていました.
中央線から青梅線に一駅入った西立川駅に職業訓練学校がある.
今期から開設された「住宅リフォーム科」というのに通っていたんです.
我々が第一期生というわけです.
もともと私は日曜大工好きですからとても面白かったですよ.
ただし、目黒区から昭島市までは遠くて暑い.
しかも作業着を着用した授業は暑い.暑いのにはホントに参った.
授業の内容は徐々に明らかにしてゆきます.

職業訓練校=多摩職業能力開発センター
http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/vsdc/tama/index.html

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ジョブフェアというのに行ってみたらスズメバチに遭遇

パソナの新宿オフィスに登録している.
ジョブフェアというのをやっていたので履歴書と職務経歴書を持ってスーツ着て参加してみた.
2社を訪問した.
1社は派遣会社で、こちらから売り込むのではなく、先方の会社案内を拝聴するという位置づけでした.1回の派遣期間は2~3年にも及ぶそうで、意外と長い.友達のAくんが働いている業態もこれなのだろうと思った.
もう1社は、自社でメカトロ技術を開発製造販売しているところで、こちらから自己紹介などし、普通の面接のようだった.
2社とも条件が合わず、ボツということで.

ところで、パソナの新宿オフィスは副都心の49階にあるので、眺望がとても良いのですが、窓の外にスズメバチがブンブン飛んでいたのを見て、スズメバチの生命力の強さにビビリました.だって49階というと地上高160mぐらいはあるわけですよね.新宿御苑あたりから飛んできたんだろうけど、すごい馬力だ.あんなのに集団で襲われたら人が死ぬわけだわ.

トワノクオンはおもしろそうか?

トワノクオンは連続劇場公開という近頃見かけない派手なプロモーションをやっているので、気になります.
昨日、TVでトワノクオンの特番をやっていました.第1話のAパートだけ放送してた.
おもしろいかどうかは微妙っぽく思った.
マジメに作っているようだが、ガッツリ心を掴む要素が薄いと思われる.
主人公が、ソルジャーブルーに見えるのはオレだけですか?
http://www.towanoquon.com/